2021-01-13

日本商工会議所・三村明夫会頭「中小企業の生産性向上のためにも大企業との取引価格適正化は必須」

三村明夫・日本商工会議所会頭


大企業と中小企業の取引価格適正化が必要


 ── 三村さんはこれまで、中小企業と大企業との関係の中で、「取引価格の適正化」を訴えてきましたね。現状をどう見ますか。

 三村 中小企業の弱みの1つは、大企業との力関係が弱いということです。

 例えばドイツの中小企業の特徴は、系列関係にはない多くの大企業と取引をしています。独立した中小企業は強いですし、輸出も積極的で、大企業より収益率が高い中小企業もたくさんあるのです。

 一方、日本は大企業との系列関係が極めて強い中小企業が多い。ですから、取引価格の適正化に向けて働きかけようにも、交渉力が備わっていません。この状況は変えていく必要があります。

 ── 大企業も自らを支える中小企業をサプライチェーン全体で付加価値を高めるための大切なパートナーとして見直す必要がありますね。

 三村 そう思います。ただ、最近の状況を見ると、大企業と中小企業が組み合わさって強い力が発揮できているかというと、残念ながらそうでないケースも見られます。

 実は、未来投資会議(現在、成長戦略会議に衣替え)で最低賃金引き上げの議論がありました。最低賃金の話は別として、我々は賃上げ自体に反対しているわけではなく、賃金を上げる余力のある企業は賃上げすべきだと思います。

 ただ、それができるための環境整備が前提条件となります。中小企業の付加価値に占める人件費の割合を表す労働分配率は、平均で70数%、小規模企業の中には80%以上というところもあり、付加価値の大部分を人件費に配分しているのが実態です。

 従って、その状況で最低賃金を無理に引き上げた場合、中小企業では設備投資が抑制され、逆に生産性向上の阻害要因になります。ですから、ぜひとも付加価値を引き上げる方策を採ってもらいたいと訴えました。

 ── 最低賃金の引き上げを可能とする環境整備が必要だと。

 三村 その方策は2つあります。1つはデジタル化の推進により生産性を高めること。もう1つは取引価格を適正化することです。

 ところが、残念なことに中小製造業を例に取ってみれば、過去20年間、大企業の値下げ要請に応える形で取引価格は低下してきたという事実があります。

 中小企業庁の統計では、中小企業の実質労働生産性の伸び率は、総じて年率3~5%程度で、大企業と遜色ない水準ですが、95~99年以降、適切な価格転嫁が行われず、結果として、中小企業の生産性の見た目の伸び率は1%程度に低迷しています。

 私は経済産業省の「価値創造企業に関する賢人会議」で座長を務めましたが、その議論を基に「未来を拓くパートナーシップ構築推進会議」で取引価格適正化に向けた体制整備(「パートナーシップ構築宣言」)について議論してきました。

 この会議では、取引価格に関して、例えば「コストアップがあった時にはサプライチェーン全体でフェアに分担しよう」、「中小企業のデジタル化は課題だが、サプライチェーン全体がデジタル化しなければ大企業にもメリットが出てこないため、大企業には中小企業を含めたサプライチェーン全体のデジタル化を進めるべく支援して欲しい」といった議論をしています。

 さらに、後世に残すべきキラキラした技術を持つ中小企業、スタートアップ企業は数多くあります。

 今後、日本全体で価値を創造していくためには、これらの企業と大企業が連携し、プロジェクトごとにオープンイノベーションを進めていくことが大事です。すでに、そうした事例もたくさん出ています。

 ただ、最大の問題は、中小企業もしくはスタートアップ企業が大企業と組むと、交渉力の差によって、多くの場合、規模の小さな企業は技術を吸い取られてしまうのです。特別な技術を持った中小企業、スタートアップ企業にとっては技術が命ですから、その権利をきちんと保護することも重要です。

最低賃金引き上げの議論の行方は?


 ── 最低賃金に関しては、最近は最低限所得保障の一種である「ベーシックインカム」の議論も出てきました。改めて賃金のあり方をどう考えますか。

 三村 賃金は、上げられる余力のある企業であれば、上げるべきだと思いますし、これは経営者としての1つの義務だと思います。利益最優先ではなく、ステークホルダーでもある従業員をきちんと処遇する。近年、株主資本主義ではなく、「ステークホルダー資本主義」が叫ばれていますが、その観点からも重要です。

 また、賃金を引き上げることで消費を喚起することも必要です。確かに日本は賃金を上げても消費が喚起されにくい国です。貯蓄性向が高くなって賃金の多くが貯蓄に回ってしまう。これは大きな問題ではありますが、消費は日本のGDP(国内総生産)の6割を占めていますから、賃金を引き上げることは大切な成長要因だと認識しています。

 最低賃金の意味合いは、最低限の生活を保障するという、社会政策としての「セーフティネット」ですから、違反した場合には罰則が適用される強制力があります。

 繰り返しですが、賃金が引き上げられる条件が整えば引き上げるのは当然ですし、多くの経営者が取り組んでいます。ところが、この5年間で最低賃金に関して起きたことは何かというと、例えば経済財政諮問会議での「より早期に全国加重平均1000円となることを目指す」という意向だけが優先し、連続で引き上げられてきました。

 本来、最低賃金は名目GDP成長率や消費者物価指数をはじめとした各種指標はもとより、中小企業の賃上げ率など中小企業の経営実態を十分に考慮して決められることになっています。

 会議の場でも侃々諤々の議論がなされたにもかかわらず、最終的には「総合的に勘案して前年度比3%以上引き上げる」という結論が、判で押したように決まっていた。

 私達としては、明確な根拠のもとで納得感のある水準をめざすべきではないかと訴えてきました。

 本年度の最低賃金に関しては、新型コロナウイルスの影響により、未曽有の苦境にある中小企業・小規模事業者の実態を反映し、現状を維持することとなり、我々はこれを評価しています。

 ── 先に引き上げありきではなく、引き上げることができる環境整備が必要だということですね。

 三村 そうです。最低賃金を引き上げられる条件をつくることが大事です。ところが、中には最低賃金を引き上げることで、日本のトータルの生産性は向上する、という方もいます。

 我々は日本の生産性の低さは大問題だと思っています。これは中小企業だけでなく、大企業も含めて日本の労働生産性は全体的に低い。これが国際的に日本の賃金レベルを引き下げている最大の要因です。

 その中で、中小企業の生産性が大企業に比べて低いことも偽らざる事実です。中小企業の生産性向上は日本全体の生産性を向上させることにつながる。これをどうやって実現させるかを真剣に議論しようじゃないか、というのが我々の考え方であり、この点はこれからも主張し続けていきたいと思います。

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