2020-12-23

「技術や学問は政治と関係ないという認識では対応できない時代になっている」三菱ケミカルホールディングス会長 小林 喜光

三菱ケミカルホールディングス会長 小林 喜光 こばやし・よしみつ  1946年11月山梨県生まれ。71年東京大学理学系大学院修了。74年三菱化成工業(現・三菱ケミカル)入社。2005年常務、06年三菱ケミカルホールディングス取締役、07年社長、15年会長。総合科学技術・イノベーション会議議員、規制改革推進会議議長も務める。前経済同友会代表幹事。理学博士。

「パンデミックで明確にわかったのは、サイエンスとポリティクスを一体で議論した中で解を見つけ出さなければいけないということ」──とは三菱ケミカルホールディングス会長で、政府の規制改革推進会議議長を務める小林喜光氏の談。今は政治と経済が密接にかかわる時代、経済人はどんなスタンスで物事の解決に取り組むべきか。


CO₂を出さないだけでなく
元に戻す時代

 ─ コロナ禍で社会が一変しましたが、現状認識と見通しを聞かせて下さい。
 小林 日本はこの30年間、かつての栄光を失い、GDPもフラットになる一方、最近ではGAFA+マイクロソフトの時価総額が日本の全上場企業の時価総額を超えてしまいました。この間日本の産業界は新しいビジネスを創出できなかったということです。政府は7〜8年前から、財政・金融政策を行い、時間を稼いでくれましたが、肝心の成長戦略について言えば、新しい芽は見えません。
 今回のコロナが、そうした「ゆでガエル」と化した日本を叩き起こす引き金となったことは間違いありません。
 このパンデミックにより、日本のデジタル化の遅れが露わになり、時代遅れの規制の見直しや企業のビジネスモデル転換が動き出しつつあります。また、コロナを超えた先には気候変動など地球環境の問題があることも、改めて認識されました。

 ─ そうした中で、菅義偉首相が2050年にカーボンニュートラルを目指すと宣言しました。これは、どう評価しますか。
 小林 素晴らしいことですが、同時に当然のことであり、もっと早く宣言すべきでした。
 ただ、非常に高いハードルであることは間違いなく、CO₂の排出を単純に減らすというレベルではとても追いつきません。実際、コロナでこれだけ経済活動が収縮しても、今年のCO₂排出量は僅か8%しか減少しないことが明らかになっています。既に出してしまったCO₂をCCSやCCUSといった技術を用いて戻すところまでやらなければいけない。
 わたしが昨年、カーボンリサイクルファンドの会長をお引き受けしたのもそのためです。出てしまったCO₂を回収して貯留する、あるいは活用することまでやって初めて、2050年の目標達成が見えてきます。

 ─ 技術は確立している?
 小林 技術的には可能ですが、未だコストが高すぎる。これをどう下げて社会実装まで持って行くか、水素の技術も含め、総合的な知恵を出さないと解決できない。
 CO₂の排出に関して言えば、エネルギー政策の問題もあります。
 化石燃料の使用を減らす一方で、再生可能エネルギー比率を拡大する必要がある。しかし、再生エネを基幹電源とするまでにはまだ時間がかかります。原子力は、国家として何兆円も投資をし、技術の蓄積もあるのだから、新設は難しいとしても、今ある原発を安全性をしっかり確保しつつ稼働させ、その間に再生エネの開発を進める必要がある。

 ─ そういう現実の選択が大事だということですね。アメリカ大統領選挙も民主党のバイデン氏になりましたが、このことの持つ意味はどう考えますか。
 小林 まさにいま申し上げたコロナと環境問題の2つをとっても、トランプ大統領はマスクもしない、医学や科学の専門家の声に耳を傾けず、環境問題でもパリ協定から離脱する。これでは地球は持たない。バイデン氏が次期大統領ということで、現実に見合った政権運営がなされるのではと期待しています。
 日本にとっては、共和党のほうが伝統的に親和性は高いのかもしれませんが、パリ協定の即時復帰などを公約に掲げる民主党のバイデン氏が政権を担うことは、世界が協調して気候変動、通商、安全保障等の多くの課題に対応できる状況に回帰するチャンスです。こうした状況の中で、日本はこれまで推進してきたTPPに加え、RCEP等においてリーダーシップを益々発揮することが期待できるのではないでしょうか。

政治と経済はより密接に

 ─ 隣国は国家資本主義の中国ですが、日本は世界の中での立ち位置をどう持っていくべきですか?
 小林 今の流れからすれば、半導体や通信などテクノロジーの分野ではアメリカと歩調を合わせつつ、環境や健康といった分野で、日本独自の中国へのアプローチを模索すべきだと思います。

 ─ 今は、安全保障が経済に絡む時代になりましたね。
 小林 例えば、インターネットを経由したサイバーセキュリティ技術は、民生であり、同時に軍事にも転用できます。民生と軍事のデュアルユースを意識した研究開発に関して、もう少し踏み込んだ議論が必要です。

 ─ これは、日本学術会議のあり方にも関わってきますね。
 小林 そうですね。
 エネルギーや環境問題、パンデミック、安全保障……これらすべてにおいてサイエンスとポリティクスが不可分に絡み合います。
 技術はまったく独立している、学問は政治とは関係ないというようなナイーブな認識では対応できない時代になったのです。

 ─ 1972年の日中国交正常化以来、日本の産業界は政経分離でやってきましたが、今はカジ取りが難しくなっています。改めて、政治と経済の関係についてどう考えていくべきですか。
 小林 今回のパンデミックが明らかにしたのは、政治だけでもなく、サイエンスだけでもなく、両者が一体で議論し、最適解を見つけなければいけないということです。
 民間企業は、株主の過半が外国人というケースも珍しくなく、その本性からして国の枠を超えてグローバルに物事を考えます。
 ところが、パンデミックに入ると、人とモノの往来が途絶し、医療資材などクリティカルな物資のサプライチェーンは、自国内に呼び戻そうという政治的な動きが出てきます。
 テクノロジーの安全保障含め、そうした自国第一主義の要請は、民間企業としても無視して活動することはできない。当面は、政経が一致してやっていく時代がきたなという感じがしています。


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