2023-02-14

【製品値上げ・賃上げをどう実現?】東レ社長・日覺昭廣の極限追求戦略 「人を大事にする経営に徹してこそ」

日覺昭廣・東レ社長




賃金も、日本全体で上げるべき時

 賃金(給料)も上げるべき時だと日覺氏は訴える。日本全体で見ると、賃金はバブル崩壊後の30年余で約3%しか上がっていない。

「上がっていないと。これは大問題ですね。だからニワトリが先か卵が先かという話になるけれども、両方同時に上げていく必要があると思うんですね。だからモノの値段も上げると。その代わり給料も上げると。そうしないと、どっちが先だと言っていたら、それは先に給料を上げたら会社はもたないし、先にモノの値段が上がったら人がもたない。生活も苦しくなるというのだったら、同時に上げるという位でないと、立ち行かないと思うんですよ」

 東レ自身はこの問題については、どう取り組んできたのか?

「東レはずっとここ数年間、給料を上げてきています。というのは、やはり非常に厳しい競争に打ち勝ってきて、皆非常に努力してくれて、業績が上がってきましたからね」

 日覺氏はここ数年間、社員の賃金引上げに動いてきた理由をこう述べ、社長就任(2010年6月)以降の動きについて語る。

「わたしが社長になってから、2011年頃から売上とか利益を伸ばして、配当も倍にしています。配当は10円上げようと思うと、160億円要るわけです。そうしたら、従業員の給料を30億円とか40億円分引上げてもいいじゃないかという考えでやってきました」

 この時期、賃金引上げに動いてきたことについて、日覺氏は、「それがまた働く意欲にもなる。現実に東レが今の炭素繊維とか、ナノアロイとかナノレベルのものができているというのは、やはり素材には社会を変える力があると。本当に素材メーカーとして頑張っていく。そういうときに、的確な賃金引き上げは頑張る原動力になると思うんですよね」

 経営トップとして、従業員の生き甲斐、働き甲斐を考えるときの賃金問題は最重要テーマの1つである。


社会貢献の1丁目1番地は?

 日覺氏はコロナ禍3年、ウクライナ危機1年が経ち、どちらも当分続くという混沌とした中、改めて、「企業は社会の公器である」ということを考えたいと次のように語る。

「もともと企業は社会の公器であると。社会貢献が大事だと言っています。社会貢献の一丁目一番地は、従業員を大切にすることであると考えます。なぜなら、会社を構成しているのは従業員だと。従業員が満足して意義を感じて働いていくことによって、今度は逆に社会に還元していくことになりますしね」

 もっとも、企業を取り巻く環境は常に平板であるとは限らない。東レも世紀の変わり目、2001年頃、経営的に厳しい時があった。

 時の経営陣は、経営改革プログラム、『プロジェクトNew Toray(NT21)』(21世紀の新しい東レへの転換)を打ち出し、2002年春から実行に入った。

 ちなみに改革初年度の2002年度の連結営業利益は330億円、翌03年度は568億円と、成果は上がったが、当時の利益水準は低かった。

 今回のコロナ禍を迎える直前の2021年3月期の営業利益は1311億円強。コロナ1年目の21年3月期は同558億円と激減。そして22年3月期は1005億円と再び1000億円台に載せた。23年3月期は混沌とする状況の中で、最終利益(税引後利益)は950億円の見通し(売上高見通しは約2兆6000億円)。

 NT改革時と比べても、コロナ禍の今の業績のほうがいい。

「NT改革では皆に苦労してもらい、給料もあまり上げられなかったという部分がありましたからね」(日覺氏)と当時を意識しながらの最近の賃金引上げである。


公益資本主義の原点はもともと日本にある!

 結局は、「人」をどう見るかという認識と問題意識の違いであろう。日覺氏が持論を述べる。

「金融資本主義は、ほんの一握りの2、3%の人がうまく動かしているわけですよね。金を巧みに動かしてね。それで、人なんてもう企業にとっての比例費だという考え方。われわれは固定費という考え方ですからね」

 ここ数年、その金融資本主義もかなり変容を迫られている。

 10年ほど前から、Bコーポレーションの考え方も登場、社会や環境に配慮した公益性に対する国際的な認証制度。この『B』はBenefit(利益)のBで、社会や環境、従業員、顧客など全てのステークホルダー(利害関係者)に対する利益を表す。

「Bコーポレーションの登場や、それから2018年にはイギリスがコーポレート・ガバナンス・コードも改定して、従業員重視に切り替えた。さらに米国のラウンド・テーブルが出てきて、それからその後のダボス会議でもそういう議論になって、要は今までの資本主義の弊害みたいなものを議論し始めたと。そうした動きと共に、米国のハーバードなどいろいろな大学がそういった意味で日本の公益資本主義、日本的経営を2、3年前から非常に勉強しているんです」

 日覺氏は公益資本主義の流れについて、こうした認識を示す。

 元はと言えば、公益資本主義を実践してきたのは日本。問題なのは、その日本が全体として、腰が定まらず、欧米の揺らぎに影響され、右へ左へと揺らぐこと。

「僕が一番恐れているのは、彼らはそれでまたルールを作り直すんじゃないかと。そうすると、また日本人はルールを貰って、ハイハイハイと。自分でルールを作るということをしなくて、彼ら(欧米)が作る。そんなことは日本がやったっていいじゃないかと言う人は誰もいない」

 ESG(環境、社会、統治)やSDGs(持続可能な開発目標)の考え方の根幹に流れるものは、「もう日本の企業はずっと前からやってきたこと」と日覺氏が続ける。

「企業によっては、〝三方よし〟(売り手よし、買い手よし、世間よし)だし、中小企業のみなさんの中には私財をなげうってでも世の中のためにやるんだと社会貢献に努めておられる方もいる。これが日本的な考え方だったんですね」

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