2020-12-16

JTB社長・山北 栄二郎「旅から新しい事業が生まれる」



 ─ この「旅アト」も旅の魅力を感じる要素ですね。

 山北 そうですね。例えば修学旅行へ行くと、いろいろな刺激を受けます。旅は人を育てる大きな力を持っていると思うのです。「かわいい子には旅をさせよ」と言いますが、様々な体験をすることで人は育っていきます。やがて子どもは学生や大人になり、また違う旅を味わい、成長していきます。

 我々は、人生の中で出会う旅とのタッチポイントにおいてしっかりサポートできるようなサービスを提供していきたいと思っています。

 当然、発地だけではなく、着地におけるサービスも重要になります。特に着地においては当社の強みが生きるところです。世界に広がるネットワークはもちろんのこと、実は国内においても、全国の地域と非常に深い関係を持っているからこそ、人の心が欲するサービスを展開することができるのです。

 ─ 108年の歴史の中で構築することができた強みだと。

 山北 はい。当社はそれぞれの地域が、どういう思いで人を受け入れているのかということに寄り添ってきました。宿泊事業者だけでなく、ガイドやバス、タクシー、お土産などの物販業の方々と一緒に、地域おこしや地方創生に取り組んできました。訪日インバウンドに向けた街づくりの課題にも正面から向き合ってきたのです。

 ─ そのインバウンドがコロナ禍で途絶えています。

 山北 政府も、2030年に訪日インバウンドの6000万人達成という目標を掲げ、日本を観光立国にするという考え方を貫いておりますが、我々もその方針に賛同しています。

 ツーリズム産業は訪日インバウンドがかつての600万人だった時代から3000万人になるまでの過程で多様化してきました。

 様々なバックグラウンドを持った海外の人たちを受け入れることで、日本も食や言語の面などにおいて多様な文化に対応できるようになりつつあります。地域が、外国の人たちが心地よく過ごすことに意識を向けたことに、意味があったと思っています。

 ─ 旅行消費額も大きい。

 山北 そうです。2019年の日本国内の旅行消費額は約28兆円ですが、訪日インバウンドはそのうちの約2割弱程度を占めています。さらにその生産波及効果まで含めれば50兆円に上ります。以前のように国を跨いだ移動が自由にできるようになった際には、改めて訪日インバウンドについても強化していきます。

 ─ では、コロナ禍でデジタル化が一気に普及しています。リアルとバーチャルの融合をどのように図っていきますか。

 山北 IoTが生活のいたるところに入り込み、例えば冷蔵庫がインターネットに繋がるなど、我々は多くの便利を享受できるようになりました。しかし、ただ単に便利になるだけではダメで、IoTによって蓄積されたデータを活用することで〝人の暮らしが豊かになる〟というところに繋がって初めて意味があると思うのです。

 旅行で言えば、「予約」という局面はインターネットで完結できます。しかしその前後にある「旅マエ」「旅ナカ」「旅アト」「日常」の中で感じる期待感に人の力でどう応えるか、「実感価値」をどう高めていくのか。旅を通して人の生活をより豊かにしていくために、一連の流れをサポートするようなデジタル基盤を構築したいというのが我々の考えです。

 ─ 旅のスタイルが変わるということにもなるのですか。

 山北 旅にはいろいろな局面がありますが、お客様の購買プロセスから旅行体験に至るまで、どのようにお客様の「実感価値」を高めていくかを追求しています。お客様自身が本当に価値と実感していただけるサービスを提供していくために真剣に考えていきたいと思っています。旅の楽しみは予約の時点からすでに始まっており、事前に情報を集めること自体が楽しみなわけです。デジタル基盤が整えば、もっと細やかで要望に沿った情報を見ていただけるチャスが生まれてきます。

 また、全国でオンライン相談を始めています。例えば、ウエディング相談の場合は、全国の専門店で豊富な知識を持った社員が対応にあたっています。これまでは、「プロに相談したいが近くに専門店がない」「同行する家族も一緒に相談したいが遠方で同席できない」ということがありました。そこでデジタルの力を活用し、ウエディングに詳しい当社の社員がリモートで相談に乗り、例えば東京と鹿児島など、遠隔地に住むご家族に対して同時にご案内することが可能になりました。

「第三の創業」とは?

 ─ 我々のスコープが〝旅〟から〝交流〟へ広がったということですね。山北さんは「第三の創業」を掲げ、「交流創造事業」を成長の柱にするとしています。この本質を聞かせてください。

 山北 1912年から一貫して我々のベースにあるのは「お客様に喜んでいただくこと」です。

 創業当初は、どこで切符を買っていいのかも分からなかった時代です。その切符1枚を売る仕事から始まり、移動を簡便にすることに加え、旅先で現金を取り扱う必要がないクーポン制度を導入したのが「第一の創業」です。

「第二の創業」は、高度成長期に新幹線やジェット機など大量輸送の時代が始まった頃、国内や海外に向けてパッケージ化した商品を企画・販売したことです。大量輸送によりコストを落とし、旅行単価を大幅に下げ、旅行の大衆化に貢献しました。

 ─ そしてこれからが「第三の創業」だと?

 山北 ええ。先ほど申し上げた通り、旅の本質とは何かということに立ち返り、旅先での過ごし方にフォーカスを当てる。そしてデジタル基盤を構築してスムーズに動けるだけでなく、より深い体験をしていただくという「実感価値」を追求していく。「旅の文化」をもう一度作り直していきたいと思っています。

 そしてもう1つは旅に関わるステークホルダーが広がってきたことを受け、観光事業者はもちろん、それを取り巻く自治体などの行政機関や企業の抱えている課題を解決するためのソリューションを提供していくことです。

 法人部門では従来は主に社員旅行に携わっていたものから旅行以外の事業へと姿が変わってきています。例えば、出張の手配から精算まで一元管理するサービスや見本市への出展のサポートなどMICEと言われる分野です。

 法人のお客様の事業もさらに多角化し、ボーダーレスになってきました。我々は旅行という特性で、様々な業態のステークホルダーとお付き合いしてきましたが、関係者の広がりは果てしなく大きくなります。

 様々な業界・団体と向き合うことで、幅広い分野でソリューションを提供するという事業が広がってきています。

オンラインイベントやネット株主総会を取り仕切る

 ─ 事例はありますか?

 山北 コロナ禍で様々なイベントの相談を受けています。例えば、オンラインで出展見本市を開いたり、社員のモチベーションをアップさせるためのインセンティブ旅行の代わりに、オンライン表彰式をやるといった事例があります。

 オンライン、リアルと開催手法が変わっても、イベントで達成したい目的は同じです。「こ
の商品の価値を伝えたい」のか「社員に満足してもらいたい」のか、我々は顧客企業が達成したい目的と成果にこだわり、より効果と満足度の高い企画を練るのです。そういう「人」の力のお陰でしょうか、オンライン開催であってもJTBに仕切ってもらいたいというビジネスが増えています。

 ─ 専門のセクションをつくっているのですか。

 山北 法人部門がオンラインの研究を行っています。パートナー企業であるテックカンパニーと共に提案をさせていただいています。株主総会なども当社が担当させていただきました。

 ─ 株主総会もデジタル化してきましたからね。

 山北 はい。当社がコーディネートさせていただいています。もともとはツーリズムをベ
ースにして広がってきたステークホルダーとの関係性の中で、このようなソリューションの模索と展開を50年間やってきたことが、今、花開いています。形態は違っていますが、やはり人と人との交流が当社のビジネスのベースにあることは間違いありません。


コロナ禍でJTBが新たに進めているオンライン相談

【プロフィール】
やまきた・えいじろう
1963年福岡県生まれ。87年早稲田大学第一文学部卒業後、日本交通公社(現JTB)入社。首都圏営業本部、経営企画部などを歩み、2008年ツム
ラーレ・コーポレーション社長、12年トラベルプラザ・ヨーロッパ執行役員事業戦略部長、15年ジェイティービー執行役員グローバル事業本部副本部長、
17年JTB欧州代表兼トラベルプラザ・ヨーロッパ社長兼クオニイ・トラベル・インベストメント会長、20年1月の本社帰任と同時に常務執行役員などを経
て、6月30日より現職。

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