2020-12-09

長谷工・池上一夫社長「建設のDXを進める!」

池上一夫・長谷工コーポレーション社長

川上から川下まで携わる設計部門

 ─ 池上さんは2020年4月の社長就任ですが、どんな思いで引き受けましたか。

 池上 前任の辻(範明)会長から内示を受けたのが1月7日のことでした。日本は人口・世帯数減の中、マンションの供給戸数は減少傾向にあるものの、3大都市圏における当社のマンション建設のシェアは高い。現在進めている生産性のデジタル革命が結実すれば、シェアを高めながら、利益率も上げていけると考えました。「やるしかない」と覚悟を決めました。

 ─ 設計出身の社長は建設会社では珍しい?

 池上 そうですね。私は40年間の会社生活をほぼ設計一筋で来ました。ゼネコンでは多くの場合、現場の所長、営業を経験して社長になるケースが多く、設計出身の社長は珍しいと思います。辻会長の前任の大栗(育夫)相談役は設計出身ですから、当社では2人目になります。

 ─ ご自身の社長就任は「デジタルトランスフォーメーション」(DX)推進の動きと関連していると考えますか。

 池上 それも3割くらいあると思いますが、大きいのは、設計部門がマンション事業の川上から川下まで一貫して関わる部門だということです。

 川上では、当社は昔から土地の持ち込みによる特命受注を大きな武器にしてきましたが、土地の情報を探す不動産部と、デベロッパーに提案をする営業部で構成される営業部門と設計部門の密接な連携が欠かせません。

 当社では、マンションの事業収支、販売価格の算定、そのマーケティング、建築費の概算まで、設計部門が手掛けています。

 そして川下では、営業部門とともにクライアントであるデベロッパーさんとの打ち合わせに参加し、商品企画をブラッシュアップしていきます。その過程では建築費を意識しながらプランニングし、仕様変更などご要望に対応します。

 ─ 設計段階から、常にマンションの完成までを見据えて各工程に関わっていると。

 池上 ええ。当社はマンション専業で事業を行い、65万戸を超える実績がありますが、過去の建築コストのデータを集約・集積した概算システムを構築しています。単線引きの簡単なプランと、本積算の差は、どのプロジェクトもプラスマイナス1%に収まるのが強みです。

 ─ 過去のストックが生きているということですね。

 池上 そうなんです。概算システムは物価変動も含め、リアルタイムにフィードバックしていますし、メンテナンスする部署も社内にあります。

 私が入社した頃はアナログなやり方で、電卓で計算していましたが、1980年代後半にコンピュータを使用して現在のベースとなる概算システムを構築したのです。

 コストが正確に出なければ当社のビジネスモデルは成り立ちませんから、この概算システムはキーになっています。

今期から全ての物件をBIMで設計

 ─ 長谷工では設計においてコンピュータ上に現実と同じ建物の立体モデルを再現するBIM( Building Information Modeling)の活用を9年前から進めていますね。

 池上 はい。BIMは私が設計部門エンジニアリング事業部長になって2年目の11年から取り組みをスタートしました。

 それまではパソコン上でCAD( computer-aided design)を使って2次元で図面を引いていましたが、BIMは3次元で部品を組み立てる感覚で設計ができます。ですから、2次元の図面では納まりがわかりづらい部分も、3次元ならビジュアルで、実際の建物を見るような形でチェックができますから、間違いのないものが出来上がると。

 さらに、BIMでは構成する部品にコストや色、耐用年数、製造年月日、メーカーなどの情報が入っていることも大きな特徴の一つです。

 ─ 導入にあたっては苦労があったのではないですか。

 池上 例えば、施工現場は2次元の図面に慣れていましたし、建築確認申請で民間の審査機関に提出する申請図書は2次元ですから、実際の導入には苦労がありました。

 ただ、時代は変わりつつあります。従来は2次元で平面図、立面図、断面図を別に書いていましたから、ズレが生じることもありました。BIMでは3次元のモデルデータから2次元の図面を切り出すことが可能で、図面間の不整合もありません。

 国土交通省も16年から「iアイコンストラクション-Construction」を導入し、現場作業のデジタル化、自動化による品質向上を推進しており、各ゼネコンも取り組みを始めています。我々の取り組みはその4年前から始まっていますが、3次元で設計したデータからダ

イレクトに施工できた方がいいし、そういう時代が来るという考えがありました。

 ─ 現在、BIMをどのように活用していますか。

 池上 今期(21年3月期)に設計着手する物件全てをBIMで設計していきます。また、今期から5カ年の中期経営計画がスタートしていますが、DXを大きなテーマとして掲げており、その戦略の一つとしてBIMを核とした新しい生産システムを完成させたいと考えています。

 従来、建材を工場で生産する際に製作図を作成、チェック、承認という流れで進めていましたが、現在はBIMのデータをダイレクトに流すことで、その作業が不要になりました。すでにサッシ、エレベーター、キッチン、洗面、ユニットバス、木製建具の生産で実践しています。

 さらに、検査でも活躍しています。かつて、現場では所員が図面の束を持ち歩いている姿が見られたと思いますが、現在はタブレット端末を持ち歩いています。直近で開発した「PCa施工品質検査システム」は、BIMのデータを活用してタブレット端末での検査を効率化しているんです。他にも、資材の流通経路を追跡するトレーサビリティに向け、ICタグの活用を進めています。

 ─ 施工現場でのロボット活用の現状は?

 池上 ロボットは現在、当社の技術研究所で開発途上にあります。例えば鉄筋を組み立てるロボットを建設現場で活用できないか試行しています。

女性が活躍できる職場環境の実現を

 ─ 建設業界では働き方改革が課題となっていましたね。

 池上 日本の中でもデジタル化が遅れているのは建設現場だと言われます。今後、デジタル化、ロボット化を進め、生産効率を高めたいと考えています。生産効率が上がれば、働き方改革にもつながります。

 日本建設業連合会(日建連)では「4週8休」、つまり週休2日の実現に向けて取り組んでいますが、足元では「4週6休」まで達成できています。現場の労働環境を良くして、担い手を増やしていきたいと考えています。

 ─ 建設現場で活躍する女性は増えていますか。

 池上 当社では05年に初の女性所長が誕生しており、20年3月末時点で建設現場の女性比率は約7%です。協力会社の職人さんにも女性が増えていますから、さらに女性が活躍できるような現場環境にしていきたいと思っています。ちなみに建設業で働く全ての女性を、日建連では「けんせつ小町」、当社では「ハセジョ」と呼んでいます。

 当社の女性従業員の比率は20年3月末時点で約14%、管理職比率は同約4%です。女性活躍に関しては、社内でプロジェクトを立ち上げています。多様な働き方のロールモデルや出産・育児・介護に関する各種制度などを掲載するとともに意見交換やアイデア募集するサイトを開設しました。ここで吸い上げた意見を集約し、社内制度の改善などにつなげていきます。

 ─ ところで、先程のBIMによって新たなビジネスが生まれる可能性はありますか。

 池上 今、BIMを含めたデジタル技術を使った新しいビジネスを模索しています。BIMは建物の生産のための仕組みですが、今当社では「L I M 」( Living Information Modeling)という生活情報のプラットフォームを構築しようとしています。例えば当社が施工した「ICTマンション」に取り付けた振動センサーによって気象庁発表のエリアの震度だけでなく、ピンポイントで計測が可能になります。

 このデータを蓄積することで、将来災害が起きた時に、当社が施工したマンションの被災状況を予測したり、技術者の派遣に活用することができます。さらに建物や機械の劣化の状況も把握できますから、修繕計画の立案にも貢献します。

 そしていま考えているのは「健康面」のサポートです。ウェアラブル端末で血圧や心拍数を測ることができますが、それによる遠隔診療なども考えられます。外部のソフト会社と連携し、社員で試行を行っています。

 コロナが終息しても、また同じ状況が起きる可能性がありますし、ニューノーマル、新しい日常を見据えた商品企画を進めていきたいと思っています。

 ─ コロナで在宅勤務も進みました。今後のオフィスと人の関係をどう考えますか。

 池上 業態にもよりますが、週1日、2日の出社で十分だというケースでは在宅勤務、サテライトオフィスの割合が増えると思います。

 当社ではグループ会社の長谷工コミュニティがレンタルオフィス事業を行っていますし、今は在宅勤務の普及に合わせて、マンションの共用部に「コワーキングスペース」を作り、働きやすい環境を整えています。

 また、専有部については必要な時にワークスペースを確保できるような可動間仕切りや可動収納を開発し、提案しています。

 ─ 郊外のマンションが注目されているようですが。

 池上 アンケート調査の結果を見ても、部屋の広さの優先順位が上がっています。コロナは日本の住宅を見つめ直すきっかけになっていると思います。当社も今後、郊外で100平方㍍のマンションも手掛けていきたいと考えています。

型枠大工さんの覚悟に触れて…

 ─ 池上さんが大学卒業時に長谷工を志望した理由は?

 池上 学生の頃から、建築の仕事をするなら住宅設計に携わりたいと考えていました。先生からも「建築の中で最も難しいのは住宅だ」、「住宅の設計ができればホテルも商業施設も美術館も何でもできる」という教えを受けていました。住宅は人が最も長く使う建物ですから、一番シビアに設計しないと、満足感も感動も与えられないからです。それがマンション専業の長谷川工務店を志望した理由です。

 ─ 社会人生活の中で一番嬉しかったことは何ですか。

 池上 会社のことで言えば、バブル崩壊の影響で経営危機に陥ったところから立ち直り、再建を完了したことです。

 個人的には、若手の頃にモノづくりの素晴らしさに触れたことです。28歳の時、ある高級マンションの設計を担当することになったのですが、事業主さんと侃々諤々議論をしながら一生懸命取り組んでいました。

 デザインも凝って、共用棟の屋根を「切妻屋根」にしました。

そんなある日、作業所長から「型枠が完成したから見に来て欲しい」という連絡を受けて現地に行ったところ、図面と違う「寄棟屋根」になっていたのです。

 ─ イメージと違う屋根に驚いたのではないですか?

 池上 驚きました。所長に「図面と違う」と言ったら、所長も驚いて、すごい剣幕で型枠大工さんを怒るわけですが、大工さんは怒られることを覚悟していたようです。私に「設計者さんがイメージしていたのは寄棟屋根ではないかと思って、見てもらいたかった」と言うのです。

 私はそれを聞いて涙が出るほど嬉しかったんです。設計者は図面を書き終えて、現場にバトンタッチするわけですが、受け取った方が「こうした方がいいのでは? 」と考えて実際に作ってくれたのです。

 安藤忠雄先生も「建築は図面が全てではない。携わる人達が全力で建物について考えて初めて良い建築が生まれる」と話しておられましたが、まさにその実践だと思います。改めてモノづくりが好きになりました。

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