2020-12-09

加藤敬太・積水化学社長「得意技を磨き続ける」

加藤敬太・積水化学工業社長

長期ビジョンに向けた節目となる2020年

「付加価値を生み続けなければ生き残れないビジネスモデルに覚悟を持って挑戦していく」

 積水化学工業社長の加藤敬太氏はこう語る。

 1947年、プラスチックの成形・加工メーカーとして誕生。原料の販売ではなく、原料を仕入れ、付加価値を高めることで成長してきた積水化学。

 かつては原料を持たないことが「弱み」になった時代もある。原料価格の変動で収益が大きくブレるからだ。だが、新興国の台頭で汎用品が厳しくなる中、必要に応じて原料を調達し、加工技術で勝負する経営は積水化学の「強み」になっている。

 今、顧客が求めているのは「製品そのものではなく、機能、ソリューション」だからだ。

 2021年3月期の業績見通しは売上高1兆1074億円(前年度比1・9%減)、営業利益700億円(同20・2%減)。減収減益だが、コロナ禍のダメージを最も受けた4︱6月期も全事業で黒字を確保した。

 積水化学の事業は大きく分けて4つ。「住宅」「環境・ライフライン」「高機能プラスチックス」の3つのカンパニーと「メディカル事業」だ。

『セキスイハイム』ブランドを展開する「住宅カンパニー」は住宅を工業製品化。創エネ・省エネの"スマートハイム"など時代の流れを捉えた提案で市場を開拓してきた。

 配管やインフラ分野を手掛ける「環境・ライフラインカンパニー」では災害に強く耐久性の高い水道管などの他、老朽化した管路を下水を止めず、道路も掘り返さずに更生できる"SPR工法"を開発。最近は、軽くて耐久性の高い合成木材「FFU」が日本だけでなく、海外の鉄道の枕木にも採用され、事業を拡大させている。

「高機能プラスチックスカンパニー」の自動車向け合わせガラス用中間膜は世界シェアトップ。2 0 1 9 年には米AIMAerospaceグループを買収して"モビリティ"領域に航空機事業も加わった。また"エレクトロニクス"領域ではスマートフォンの他、5Gの基地局向けの放熱材などを伸ばしている。

 検査薬や検査機器を扱う「メディカル事業」は第一製薬(現第一三共)やエーザイ、米企業の事業を買収して規模を拡大。健康・長寿社会を見据え、今後の成長の牽引役を担っている。

 積水化学は2030年を見据えた長期ビジョン『Vision 2030』で売上高2兆円、営業利益率10%以上を掲げ、今年5月には中期経営計画『Drive 2022』を発表。22年度売上高1兆2200億円、営業利益1100億円を目指している。

 2030年に向けた"節目"の年となる20年3月、社長に就任したのが加藤氏。

 加藤氏は京都大学卒業後、1980年4月積水化学工業に入社。工場の技術開発課からキャリアをスタートさせ、製造部長、工場長として現場を経験。開発研究所長として「新製品の市場導入の加速」や「イノベーションの種を見極め、育てる仕事」にも従事した。また、米国5年、欧州5年と海外に駐在し、カンパニープレジデントとして複数のM & A やP M I(Post Merger Integration)も経験。会長の髙下貞二氏も「高機能プラスチックスカンパニーを成長させ、グループ全体の最高益更新に貢献。中間膜事業を成長させたのも彼の力」と評価する。

 コロナ禍での社長就任となったが「昨年度、経営戦略部長として、長期ビジョンと中期経営計画策定の取りまとめをやってきた。いま改めて思うのは、社会課題解決に貢献する商品を増やし、持続的成長を目指すというわれわれの中計、長期ビジョンは、コロナ禍でも変更する必要がないということ」と語る。

「"環境貢献製品"が全売上の6割近くになっており、それ以外の汎用品でも、われわれの製品はほぼすべてが社会課題に対応し、社会に貢献する製品になっている」からだ。

 加藤氏いわく「われわれの仕事そのものがESG」であり、世の中に必要な製品を提供しているという自負がある。

 今年度から"環境貢献製品"を"サステナビリティ貢献製品"に進化させ「SDGsで社会に貢献できる製品もカウントし、それらの売上高比率を上げることで、社会への貢献と社員のモチベーションを向上させ、会社の持続的な成長を両立させることが可能だと考えている」。

業容拡大で航空機事業に参入

 長期ビジョンの目標である売上高2兆円達成に向け、進めているのが「業容の拡大」。そのためにもイノベーションを創出し、新規事業育成にも力を入れる。

 R&Dセンターで生まれた画期的な技術は、新事業開発部で育成。事業化のメドがついた後は、カンパニーに移すか、独立子会社を設立するなどして事業化を促進する。

 この新事業開発部で取り組んでいるのが「"ごみ"を"エタノール"に変換する世界初の生産技術」の事業化。ごみ処理所のごみを分別なしで丸ごとガス化。"熱や圧力"ではなく"微生物"を活用してガスをエタノールに変換する。

 この技術は米ランザテック社と共同で開発したもので、埼玉県寄居町にあるオリックス資源循環社のごみ処理施設の構内に建設したパイロットプラントで開発に成功。現在、岩手県久慈市に実証実験用の10分の1プラントの建設を始めている。

 住友化学とも協業し、積水化学はごみからエタノール、住友化学はそのエタノールを原料にポリオレフィンを生産。22年度から試験的な生産を始め、25年度の本格上市を目指している。

 他社との協業に加え、社内に横串を刺し、多様な事業を手掛ける強みも活かしていく。

 例えば、環境・ライフラインでは医療用の使い捨て容器、メディカル事業では検査薬、高機能プラスチックスではセンサーなどを扱っている。そこで「ライフサイエンス」の括りで新製品を開発するなど、カンパニーや事業間の"融合"も進めていく。

 業容拡大で、もう1つ重要なカギを握るのがM&Aだ。

 19年には、航空機やドローン向けの炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の複合材成型品の製造・販売を手掛ける米AIMAerospaceグループを561億円で買収。航空機事業に参入した。成長するモビリティ領域を取り込みながら、自動車への依存度を下げる狙いがある。

「モビリティ領域は自動車への依存が強く、その中でも中間膜事業のウェイトが高い。中間事業が健闘している間に、市況も環境も異なる航空機事業を伸ばしていく。ただ、参入障壁が高いため、自前ではなくM&Aで事業を獲得した」

 コロナ禍で航空機産業は壊滅的な状況だが「5年、10年先のモビリティ領域のポートフォリオ強化をにらんでいる。今は大変だが、目先の状況に一喜一憂せず、シナジーを創出し業容拡大に向け、手を打っていく」。

 AIM社は熱可塑性のCFRPの独自技術を持っており、航空機だけでなく、医療用のMRIの筐体向けを強化するなど、積水化学全体で収益向上を図っている。

買収される側にもメリットのあるM&A

「40年近くかかって世界シェアナンバー1になれました」

 現在、世界シェアトップの中間膜も40年前は業界下位だった。

 自動車向けの中間膜は合わせガラスの間に入れ、衝突などの衝撃でガラスが破損してバラバラに散るのを防ぐ、クルマに必要不可欠な部材。

 かつては米デュポンとモンサントのツートップが中間膜市場に君臨。そうした中、日本の自動車メーカーが一気に海外進出を始めたが、中間膜を扱うメーカーは数社。限られた選択肢の中で調達せざるを得ない状況だった。その意味でも、国内唯一の中間膜メーカーである積水化学への期待は高く、加藤氏は当時から中間膜事業に携わり、顧客である自動車メーカーに通い、品質向上に努めてきた。

 この中間膜事業が大きく飛躍するきっかけとなったのもM&Aの貢献が大きい。

 中間膜はポリビニルブチラール樹脂(PVB樹脂)を製膜化して製造するが、その原料となるポリビニルアルコール樹脂(PVA樹脂)は外部からの調達に頼っていた。

 そこで09年、PVA樹脂を製造する米セラニーズコーポレーションのグループ会社からPVA樹脂事業を買収。「セラニーズ社にとっては大口需要先が社内にでき、われわれにとっては原料を外部に依存することで研究開発や品質改善など製品開発の情報が外部に漏れるリスクをなくすことができた。社内での開発スピードを上げられ、両社にとって大きなシナジーがあった」と振り返る。

 化学メーカーのモノづくりの現場は機密情報の塊。世界シェアトップで他社の追随を許さない製品ならば、情報漏洩対策は経営の重要課題だ。

 セラニーズ社の買収は、そうしたリスクを取り除き、付加価値の向上と生産コストの引き下げにもつながるM&Aだった。買収後は原料樹脂工場の増設を重ね、拡大する需要を取り込み、事業の拡大につなげた。

 そうした経験も踏まえ、加藤氏がM&Aの要諦に挙げるのが「われわれも買収される側にとっても、将来の絵が描けるシナジーを一番の重点に置く」こと。

 単なる規模拡大ではなく、一緒になることで生まれる付加価値を重視する。

 電機、さらには自動車までもが汎用品化の流れにさらされる中、日本の化学メーカーは"なくてはならない部材"を提供し、世界の産業を支えている。

 だが、欧米だけでなく、国を挙げて産業を強化する中国企業の台頭も無視できないものになっている。米中貿易摩擦など政治が経済に絡むことも増えている。こうした問題に対し、加藤氏は次のように答える。

 「常に一歩、二歩先をゆく。価格競争に巻き込まれず、付加価値で一歩リードして持続的に成長する。揉め事があっても、需要そのものが落ちなければ、われわれはうまく事業を継続できる。そういう強みのある中間素材を持つことが生き残りの道だと思います」

 戦後設立された積水化学は、旧財閥系の化学メーカーと異なり、原料の生産ではなくプラスチックの加工からスタートした。そして、その加工力に磨きをかけ、今の積水化学がある。

 加工技術で付加価値を高めることが、今も昔も積水化学の生きる道であり、成長の道筋だ。



加藤敬太氏に直撃!


M&Aの方向性について

 昨年度行ったAIM Aerospace社のようなポートフォリオ強化に役立つ事業のM&Aと、われわれの現有事業の強化や新製品開発において自前の開発では時間がかかったり、特許で押さえられているようなケースで技術を買うことも視野に入れています。

 現有事業の少し外側、われわれのコア技術が活かせて、まだ参入できていない領域のM&Aはシナジーが見込めるのであれば積極的に取り組んでいきます。


経営計画の考え方

 それぞれの事業の現状と前中計でできたこと、できなかったことを振り返り、それぞれの事業の3年後のありたい姿、そこに向けた施策、実現の可能性を議論して、各部署で少しチャレンジを含んだ中期経営計画を作ってもらうようにしています。

 当社は2000年前後に赤字に転落しています。そこからの復活という中では、付加価値の高い製品を伸ばしていく、業容を回復させる、構造改革をするということが意識の中に刷り込まれています。赤字からの復活、成長を遂げていく中では、常に事業の強化、ポートフォリオの強化を意識してきました。

 年度に入ると今月、今期の計画に集中するので、中期計画策定のタイミングで、3年後により強くなるための構造改革、コスト削減、研究開発・イノベーションについて議論し、その総和が現中期計画になっています。(聞き手・本誌 北川文子)

 
イノベーションを生む組織作り

 いま社内に一生懸命発信しているのは長期ビジョンや中期経営計画など"将来の絵"。社員全員が自覚を持って参画するには将来にわたって持続的に成長する"ありたい姿"をきちんと見せることが大切です。そこに向かって取り組むのは社員自身。挑戦の中で考えて工夫し、実行して結果を出した人が次のリーダーになっていく。挑戦した人がきちんと報われる人事制度改革も社内で約束しています。

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