2021-02-25

【水素社会に向け、注目集める産業ガス】国内需要頭打ちの中、売上高は10年で2倍に拡大 なぜ、日本酸素HDはグローバルな再編で勝ち残れたのか?

日本発ガスメジャーとして、世界3位に肉薄する4位のポジションとなった日本酸素ホールディングス

大型買収で失敗する企業が多い中、PMI(Post Merger Integration)の成功事例と言えるのが日本酸素ホールディングスのM&A。国内市場が頭打ちの中、海外事業のM&Aで売上高を2倍、営業利益を3・4倍に伸ばしている。欧米とは異なる日本発のガスメジャーとして、今後、どう成長を図るのか。また親会社・三菱ケミカルHDとの関係は?
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako


売上規模に匹敵する買収で
世界4位のガスメーカーに

「平成の停滞以降、日本の産業ガスマーケットはほとんど伸びていない。成長するにはどうしても海外へという状況でした」

 こう語るのは、日本酸素ホールディングス社長CEOの市原裕史郎氏。

 日本酸素HDの2010年3月期の業績は、売上高4333億円、営業利益275億円。それが10年後の20年3月期は売上高8502億円、営業利益939億円と売上高で2倍、営業利益で3・4倍に成長した。コロナ禍の今期(21年3月期)も売上高8300億円、営業利益820億円を見込む。

 底堅い業績に加え、23年3月期にかけて業績改善が進むと判断した野村證券は目標株価を1880円から2400円に引き上げるなど市場の評価も高い。

 親会社である三菱ケミカルホールディングスは今期、事業会社・田辺三菱製薬の子会社ニューロダーム社が進めるパーキンソン病治療薬の開発がうまくいかず、845億円の減損を計上。営業利益は230億円の黒字を確保するが、480億円の最終赤字に沈む。20年10月末には社長交代を発表し、21年4月からベルギー人のジョンマーク・ギルソン氏を社長に据え、企業価値向上を図る。

 そうした中、グループで気を吐くのが日本酸素HD。同社の強みはどこにあるのか──。

 日本酸素HDは、1918年設立の「東洋酸素」と1946年設立の「大陽酸素」が1995年に合併して誕生した「大陽東洋酸素」と、1910年設立の「日本酸素」が2004年に合併し、「大陽日酸」となり、その後、海外事業の拡大に伴い、2020年10月、日本発のガスメジャーとして、社名に〝日本〟を冠した「日本酸素ホールディングス」となった。

 同社の歴史は2000年代前半まで、日本の産業界の盛衰と歩みを共にしてきたといえる。

 1910年設立の日本酸素は、日本の重化学工業化には輸入に頼ってきた酸素を国内で生産・供給することが必要と考えた山口武彦と、その考えに賛同した当時の日本銀行副総裁、後に内閣総理大臣となる高橋是清らによって設立された。

 空気を分離して酸素を生産・供給するため、産業ガス事業は基本的に消費地立地のビジネス。日本国内が成長している時代は良かったが、バブル崩壊以降、国内成長が見込めなくなった。

 そうした中、同業大手のエア・ウォーターは多角化に商機を見出し、食品や農業、医療機器など国内で様々なM&Aを実施。

 一方、日本酸素HDは海外で成長する道を選択した。日本酸素が1980年から進めてきた海外事業を足掛かりに、現在、売上高の57%、営業利益の3分の2を海外で稼ぐ。

 グローバル企業として大きく飛躍を遂げたのが2018年の米プラクスエアの欧州事業の買収。当時の売上高(6462億円)に匹敵する49億1300万ユーロ(当時約6347億円)をかけて欧州市場に進出した。

 2000年代半ば以降、世界の産業ガス市場はM&Aが加速。15年に仏エア・リキードが米エアガスを買収して業界トップに躍り出ると、18年には独リンデと米プラクスエアが統合。売上高2〜3兆円規模のトップ2社に対し、当時売上高6000億円規模の日本酸素HDは飲み込まれる可能性もあった。そうした中、14年、三菱ケミカルHD傘下に入った経緯がある。

 日本酸素HDは、トップ2社の統合による独占を防ぐため、切り離された事業を次々買収。食うか食われるかの戦いを生き抜き、3位に肩を並べる、世界4位のガスメーカーとなった。

 18年には大型買収を成功させたが、この買収には伏線がある。それが16年の仏エア・リキード社の一部米国事業と関連事業の資産買収だ。それまで米国を中心に事業を拡大してきた日本酸素HDだが、16年の買収によって米国での事業規模が拡大。これ以上、米国内でM&Aを行うのが困難な状況になった。

 そこで、次のターゲットに絞ったのが欧州市場。その狙っていた市場で売りに出された事業を18年、逃さずに手に入れた。

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