2024-04-12

日本製鉄新社長・今井正が背負う課題、USスチール買収で労組・米社会をどう説得するか?

今井正・日本製鉄社長

「USW(全米鉄鋼労働組合)と誠実にお話する。それが一番重要だし、それしかない」─日本製鉄社長の今井正氏はこう話す。現在、日鉄は米鉄鋼大手・USスチールの買収を進めているが労組、大統領選を争う2人の政治家から「待った」をかけられている状態。この状況を打破するためには、買収の意義を労組に理解してもらうしか道はない。さらに「技術系」社長として将来の「脱炭素」に向けても決断が迫られる。

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米大統領が「米国内で所有されるべき」と声明

「USスチールが米国で成長していくために、一番お役に立てるのは日本製鉄だという確信がある」と話すのは、日本製鉄社長の今井正氏。

 今井氏は2024年4月1日、日本製鉄社長兼COO(最高執行責任者)に就任した。だが、就任早々に大きな「壁」に直面している。それが23年12月に発表した米鉄鋼大手・USスチールの買収問題。

 日鉄は米国市場を「これからさらに成長が見込める市場」と見て、約140億ドル(約2兆円)と、過去最高額を投じてのM&A(企業の合併・買収)に踏み切った。

 米国は自動車生産、特に電気自動車(EV)など電動化向けの高級鋼の需要が強い他、コロナ禍で一時厳しい状況に陥った住宅向け需要も底堅いと見られている。また「脱炭素」を目指す上で必要な最先端の電炉、「水素還元製鉄」を実現する上で重要な高品質な鉄鉱山を保有。

 かつては世界一の鉄鋼メーカーだったUSスチールだが現在は米国3位。経営状況が悪化する中で23年8月に自社の売却等を検討すると発表、同業で米国2位のクリーブランド・クリフスが約1兆円での買収を提案していたが、これを拒否したという経緯がある。

 日鉄の買収提案に対しては、USスチールの経営陣、ファンドなどの大株主は賛同。しかし、USW(全米鉄鋼労働組合)が反対姿勢を打ち出したことで、24年11月に控える米大統領を巡る思惑も絡み、事態は複雑化した。

 USスチールは米国の自動車や鉄鋼の生産拠点を多く抱えるペンシルベニア州に本社がある。同州は「ラストベルト」(さびついた工業地帯)とも呼ばれ、製造業従事者の多い地域。大統領選の勝敗を左右する州とも言われている。

 現大統領のジョー・バイデン氏も、共和党の大統領候補で前大統領のドナルド・トランプ氏も、USWからの支持は喉から手が出るほど欲しい。

 トランプ氏は24年1月末、労働組合関係者との会談後、日鉄のUSスチール買収に言及し「私なら即座に阻止する。絶対にだ」と明確な反対を表明。

 これに対しバイデン氏は当初、立場を明らかにしてこなかったが、3月14日、「米国内で所有される米国の鉄鋼企業であり続けることが重要」(U.S. Steel must stay domestically owned and operated)と買収反対を示唆する声明を出した。

 大統領選の勝敗という、高度に政治が絡む中での買収という難しさ。「大統領選の選挙イヤーであることが大きく影響している。米国の政治家の方々は本質的に、雇用、USスチールが象徴的な米国企業として発展していけるかを気にしている」

 そのため日鉄は3月15日、買収後にUSスチールの成長に向けて14億ドルを投資する他、この買収に起因するレイオフ及び工場閉鎖を行わないといった内容の声明を出した。これをUSWとの交渉の中でも訴えるが、4月4日現在説得に至っていない。

 さらに技術の供与も行う。例えば現在、日鉄が日本国内で生産している最高級の「無方向性電磁鋼板」は電動化した自動車の性能を左右する他、多くの電機製品に使用されているが、米国内で生産できる企業は存在しない。100%買収が実現すれば、この技術をUSスチールに提供できる。

 他にも、日鉄は北米で鉄鋼に関する2000件に及ぶ特許を取得しているが、USスチールやクリーブランド・クリフスなど米国内のメーカーは合わせても200件程度。この特許も活用できるようになる。

「USスチールの成長のために米国に投資をする、共に競争力を高めていけるということを、USWの方々と誠実にお話する。それが一番重要だし、それしかないと思っている」と今井氏。

 バイデン氏の声明の中にあった「domestically owned」という言葉に対して今井氏は「我々自身、これまで長い期間にわたって米国で製鉄事業をやってきた会社」と強調。現在、米国での日本製鉄子会社では4000名近い従業員が働き、その中にはUSWに所属している人間も多くいる。

 また、米国で建材用の薄板事業を手掛ける会社は、かつて倒産した米国企業を日鉄が子会社として立て直したもの。「domestically ownedと言われたが、我々は米国で根付いている鉄鋼メーカーだと見ていただきたいと思う」

 現在は約2兆円で100%買収するという形で日鉄とUSスチールが合意しているが、バイデン氏の発言を受け、出資比率を引き下げるといった条件変更があるのではないかという見方も出ているが、「今回のディールは100%買収で我々が手を上げ、選ばれている。条件の変更はUSスチール経営陣が決めること」(今井氏)

 出資比率が下がると、前述のような技術の提供がしづらくなり、USスチールの成長が遅れるという意味でリスクがある。

 近年、世界各国で鉄鋼の「自国産化」の動きが強まる。その中で日鉄は成長市場の利益を享受するために現地企業の買収で、その市場の「インサイダー」になることを目指してきた。

 例えばインドでは19年にライバルでもあるアルセロール・ミタルと共同で、現地の鉄鋼大手エッサール・スチールを7700億円で買収。現在「AM/NSインディア」として運営しているが「順調に収益を上げており、生産能力の拡大も着々と進んでいる」(今井氏)。

 前述のUSスチール買収が成功すれば、成長市場で生産、収益を拡大するという戦略の実現に、大きく前進することになる。目標としているのが「粗鋼生産能力1億トン、売上高1兆円」という数字。日鉄はこれによって質と量の両立による「総合力世界一」を目指す。

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