2023-12-18

みずほ証券チーフマーケットエコノミスト・上野泰也「日銀は物価・賃金の「ノルム(規範)」を変えようとするが・・・」

金融政策の正常化は進むか?

日銀は2023年10月に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)に、「物価については、長期にわたる低成長やデフレの経験などから賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方が社会に定着してきたことを踏まえると、賃金と物価の好循環が強まっていくか注視していくことが重要」と記した。日本経済に長く根付いてきた「ノルム(規範)」が変わり、物価と賃金の好循環が回ること、それが「物価安定の目標」2%の持続的・安定的実現につながることに、彼らは期待をかけている。そして、次の春闘における賃上げの手ごたえを確認した上で、遅くとも24年4月までにマイナス金利を解除し、金融政策の正常化を進める構えである。

 労働組合に加え、経営側、そして岸田内閣も、24年の春闘で今年並み以上の高い賃上げ率を実現することに前向きであり、マイナス金利解除につながっていく可能性は高い。市場の側も、そうした流れになることを、すでに十分織り込んでいる。

 だが、一歩下がって冷静に考えてみる場合、いくつか疑問が浮かんでくる。

 持続的な賃上げの中核になるのはベースアップ(ベア)である。けれども、景気・企業業績のアップダウンが常にある上に、業種間・業種内で格差がある中、固定費上積みの意味合いを有するベアを中心に、多くの企業が賃上げを毎年繰り返し、そのコストを販売価格に上乗せしていくという循環は、本当に続いていけるのだろうか。

 日本の人口対策は事実上失敗しており、人口減・少子高齢化の大きな流れに変わりはない。国内需要は趨勢として縮小傾向にあると考えられ、いま起こっている人手不足は経済が縮小均衡に向かう中で、いずれ解消していくだろう。それでも、賃上げが毎年繰り返されるのだろうか。

「アベノミクス」の三本の矢のうち一本目として、黒田東彦総裁(当時)の下で、異次元緩和が13年に導入された。インフレ率の目標として2%を明確に掲げた上で、大胆な金融緩和策を打ち出すことにより、人々の「期待」が大きく変わり、2%の物価上昇を前提とする行動が定着していくだろうというコンセプトが、その根底にあった。人々にしみついた「デフレマインド」を変えるという言い回しも、よく聞かれた。

 要するにリアルな経済における過少需要・過剰供給の構造を抜本的に変革しようとする政策論とは別の次元で、人間心理を舞台にして、2%の物価上昇を早期に実現しようとしたわけである。植田新体制の日銀からよく聞かれる「ノルム」という言葉も、突き詰めて考えれば、心理面の大きな変化を促してそれを突破口にするという意味で、「デフレマインド」論と共通項がある。

 総裁が交代した後の日銀もまた、壮大な「実験」に取り組んでいるように見える。その成否が明らかになるまでには一定の時間が必要だろう。

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