2023-11-30

第一生命経済研究所首席エコノミスト・熊野英生氏の提言「期待される来年の賃上げ」

来年も賃上げは続くか?

来年は、高い賃上げ率を実現できるだろうか。岸田首相は、来年の賃上げにも強い期待感を込めて見守っている。今年は、30年ぶりの高い賃上げ率になった。連合の発表では、定期昇給を含めて3.58%である。2024年春も、その再現を狙っているのだ。2年連続での高い賃上げ率を目指す。

 直感的には、何か難しいことに思える。しかし、財務分析をしてみると、企業の収益力は増しており、23年並みの賃上げは不可能ではないと考えられる。全産業の損益分岐点売上高比率は、リーマンショックのあった08年以降、趨勢的に低下している。コロナ禍の同比率の上昇はたった9カ月間で終わる。つまり、ほぼ一貫して、事業の採算は改善し続けているのだ。思い切った賃上げを行った23年を含めてである。

 少し複雑な説明をすると、損益分岐点とは粗利の中から固定費に回している比率のことである。製品を売ると、原材料などコスト(変動費)を差し引いたキャッシュが入金される。このキャッシュの中から、人件費、賃料、支払利息など固定費を支払う。キャッシュの金額が固定費を超えるほど、利益は積み上がっていく。2022年は固定費÷粗利が72.4%だった。固定費を1.38倍(=1÷0.724)に増やすまで、企業は経常赤字にならない。

 なぜ、積極的に賃上げをしても、分厚い利益率で吸収できているのかという理由は、インフレの利益があるからだ。値上げをして、粗利を巨大に稼ぐ業種はいくつかある。コロナ前よりも飛躍的に経常利益水準を増やした業種には、木材・木製品、非鉄、鉄鋼、業務用機械、自動車、商社、水運、人材派遣などがある。細かくみると、値上げによって巨大な利益を上げた業種であっても、従業員給与はほとんど増やしていない。役員報酬と従業員賞与はそれなりに増やしているが、ベースアップで増やした従業員給与は大きな負担にはなっていない。これが財務分析をしたときの意外な結果だ。

 意外と言えば、23年は価格転嫁があまり進められず経常利益水準を増やせなかった業種もある。 そうした業種でも、役員報酬、従業員賞与は増やしていた。従業員給与は僅かの伸びだった。筆者の印象では、巨大な利益を上げた業種が、その利益に比べてほんの少ししか従業員給与を増やさなかったことが、岸田首相の好循環が本格的に駆動していかない原因だと思える。

 なお、米企業の利益拡大はインフレによってもっと大きく増えた。22年は、19年比1.30倍である(同じ期間の日本の経済利益は9.5%増)。米企業は、日本企業よりも賃金分配を進めて経済全体が潤っている。米利上げが5%台まで上がっても、景気が腰折れしない理由は利益が1.30倍にも分厚くなり、その恩恵が賃上げを通じて経済全体を潤しているからだ。日本も好循環を目指したい。

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