2023-09-15

森トラスト・伊達美和子社長の哲学「変化の時こそ戦略が問われる。時に逆張りの発想でチャンスを掴んでいく」

伊達美和子・森トラスト社長




地方の歴史的建造物をホテルとして再生

 ─ 変化の激しい時ですが、そこにチャンスを見出していくと。

 伊達 そうですね。もちろん右肩上がりは順調で楽しいわけですが、そういう時には競合がどんどん増えていきます。しかし、変化の時こそ、それぞれの戦略が分かれてきますから、場合によっては逆張りの発想でチャンスを掴むこともできるのではないかと思っています。

 私にとっては、かつてのホテル事業が逆張りだったと思います。他社があまりホテルに興味を持っていない時代に開発計画を立て、敷地の価格が上がる前に取得することができていますから、今後も計画的に投資を続けることができます。

 グレードは規模や立地にもよりますが、今後もミドルからラグジュアリークラスのホテルを展開していくことになると思います。

 ─ 奈良県は歴史的遺産がありながら、宿泊施設が少ないことで知られていましたが、先鞭を付けましたね。

 伊達 ええ。県では外資系ホテルの誘致を望まれていたというのもあり、2020年に「JWマリオット・ホテル奈良」を開業しました。その後、10軒ほど新たな開発が進んだと聞いていますから、呼び水になったのではないかと思います。

 そして今年8月、奈良公園内に「紫翠 ラグジュアリーコレクションホテル 奈良」を開業しますが、予約段階からかなり引き合いがあり好調です。特別な場所にある歴史的な建物を活用したホテルということで、皆さん注目して下さっているなと感じています。

 ─ インバウンドはコロナ禍による入国制限などでかなり縮みましたが、徐々に戻りつつありますね。

 伊達 元々、2030年に6000万人という政府の目標がありますが、観光業のグローバルリーダーの方々から見ると、保守的に見えているようです。

 その理由は、19年段階で14億人に達した世界旅行者が18億人に成長すると言われており、さらにアジア太平洋地域の中間層が増加してきます。その中での日本のステータスは非常に優位ですから、まだまだ成長の余地は大きいと。

 問題は、それに対して航空の減便、人手不足、ホテルの不足など、インフラが足りるかどうかです。そして建築費が高騰している今、どこまで対応できるのかが課題となっています。

 さらに、観光地では二次交通(拠点となる空港や鉄道の駅から観光地までの交通)が不足しています。観光客の方のストレスだけでなく、住んでいる方々の生活に支障を来すという「観光公害」が発生してしまう。この悪循環が解決されないまま、需要だけ増える可能性もあります。

 ─ 人手不足は日本全体の課題になっていますね。

 伊達 国内の観光人材を見ると、19年に59万人だったものが、コロナ禍によって46万人にまで減少してしまいました。この産業に戻ってきていただく手立てが業界として必要だろうと思います。

 ただ、おそらくイメージが悪いのです。長時間労働であったり、コロナ禍のような環境になると離職せざるを得ず、職業として不安定だと思われたり。不人気な就職先になってしまっている。労働環境の改善には業界全体として、本気で取り組んでいく必要があります。

 加えて外国人人材の積極的受け入れも求められますし、DX(デジタルトランスフォーメーション)などデジタルを活用して人の働き方、考え方を変えていくことで、人にしかできないものと、仕組みによって改善するものとを分けていくべきだろうと思います。

 一方で、働き手の給与所得を上げていくためには、付加価値のある商品を積極的に投入することを考える必要があります。1人当たりの生産性を増やすからこそ、付加価値が上がっていきますから、生産性イコールコスト管理だけでなく、価値創造と適正なプライシングも大事になります。

 今、都心のホテルの宿泊価格が高くなったと言われますが、ラグジュアリーホテルの価格帯は世界水準に届くかどうかという状態です。それぞれの層に合った単価が維持できるようにマーケットを構成していく必要があり、そして、それに見合った付加価値を提供することも問われます。

 ─ 地方でのホテルの状況はどうですか。

 伊達 例えば、当社では長崎市南山手の旧居留地にある歴史的建造物をホテルとして再生し、「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」として開業する計画が進行中です。

「旧マリア園」という1898年建設のレンガ造りの修道院だった建物です。世界遺産でもある「グラバー邸」に近く、長崎港を臨む立地です。また新たな宿泊体験をしていただくことができます。

 また、長野県軽井沢の「万平ホテル」の改築も手掛けています。24年に創業130年を迎える歴史的ホテルですが、1936年に建築された本館「アルプス館」を含む建物の補強と改修を進めています。

 ─ 歴史的建造物を活用するという需要は、いろいろな地域でありそうですね。

 伊達 そうですね。経済同友会の講演で各地に赴く機会が多いのですが、それぞれの地域の方とお話をすると、その地域の特長が見えてくるんです。ただ単に従来型のシティホテルをそのまま地方につくると特徴がなくなってしまいますから、いかにユニークなものをつくり、他にない体験を提供できるかが重要だと思っています。

 ホテルと、その地域独特のよさを一体化して体験する機会を提供できるからこそ、価値があると思うんです。例えば長崎に開業予定の「インディゴ」というブランドは、その部分を重要視しています。「ネイバーフッドストーリー」、つまり土地独自の風景、文化、歴史や物語がありますが、それらをインテリア、サービス、食事に表すことが、今後ますます大事になると思います。

 都心では、東京銀座の「東京エディション銀座」も今年、開業予定です。それぞれのエリアで、まだまだニーズのある場所はあると思いますから、そうした場所で開発していきたいですし、その先のものも探し続けると思います。

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