2023-06-14

井野貴章・PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役「会計士は資本市場を守るエッセンシャルワーカー」

井野貴章・PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役



「資本市場を守る!」

 ─ 逼迫する医療現場を支えていましたからね。

 井野 はい。「エッセンシャルワーカー」とはどれほど大きな存在であるかについて、敬意をもってその活動を見ていました。それだけに、4月から始まる3月決算の期末監査を我々が担う責任についても改めて考えました。通常であれば、企業が3月決算を迎え、様々な相談を受けながら、監査法人はしっかり証拠を集めていきます。そうしないと監査意見が出せず、それができなければ株主総会が開けないからです。

 さらに、その株主総会の日程を延期することは実務的に大変難しい。コロナ禍において企業の選択肢を増やせるよう、私たちの業界では日本公認会計士協会が中心になり、当局等と相談し、株主総会の延期の方法が整理されました。また、監査法人と企業の対話においては、株主総会が延期できなくても、監査意見を出すタイミングを遅らせて監査の時間をしっかり確保することもありました。

 ─ 何とかして株主総会を開催しようと努力したと。

 井野 ええ。先ほどの医療従事者のように、我々は「資本市場を守るエッセンシャルワーカー」だと自負しています。ただそのように思っていても、我々は当時、出社はしないという業種に分類され、エッセンシャルワーカーではないと認定されていました。

 私個人としては心に葛藤が残りました。医療従事者の方々の闘いを見ていて、我々も人の命とは違うけれども社会を回すために日本の3月決算を守るんだと考えていましたので。当時、多くの会計士がそういう気持ちを強く持っていたと思います。

 ─ 現場にはどんなメッセージを出して鼓舞しましたか。

 井野 「与えられた時間の中で、しっかり監査の証拠を集めましょう」ということです。先ほど申し上げた通り、電子ファイルを集めて監査を進めるも、結局最後には原本と現物チェックするために企業を訪問した職員、確認状や郵便物を集配するために毎日出社しなければならない職員もいました。

 つまり、外に出なければならない職員もいれば、ほとんどリモートの職員もいる。ウイルス自体がどのくらい危険なのか分からない中で、それぞれの心のバランスも気になっていました。毎日感染者数の推移などを見ながら、チームが全く動けなくなった場合に対応できるように、職員の安全に関する危機管理の気持ちと資本市場の危機管理という両方の気持ちを持って過ごしていました。

 ─ コロナ禍が終息し、当局のスタンスは変わりましたか。

 井野 エッセンシャルワーカーかどうかという意味では、おそらく当局のスタンスは変わっていないと思います。ただ幸いにして当法人では、コロナ禍のリモートによる監査であるがゆえに大きな粉飾を見逃す等の失敗は認識していません。

 リモートワークの利点も知られた今、これをさらに正しい形で進めていく必要があります。先ほど申し上げたようなリモートのコロナ監査から本来の電子証拠を電子的に確かめるデジタル監査です。このステージに早くもっていくことが日本企業のトランスフォーメーション(変革)にも監査のトランスフォーメーションにも役立ちますし、それが、この国の競争力を高めることにつながります。

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