2024-03-08

田中秀明・明治大学大学院教授「政治と付き合う幹部はゼネラリストになるとしても、課長までは専門性に基づく『ジョブ型』の人事で」

田中秀明・明治大学大学院教授



日本の役所に「ジョブ型」の導入を

 ─ 大蔵省の後身である財務省もかつてのような人材が集まらなくなっていると。それはともかく役所の力が弱まると日本全体が困ります。解決策をどう考えますか。

 田中 例えば、幹部は政治と付き合わなければなりませんからゼネラリストになるのはやむを得ませんが、課長までは専門性に基づいたジョブ型の人事を行うというのが1つです。これまでは、係長も課長も政治的な根回しに奔走しており、専門性を高めることが難しいのです。

 日本の社会は未だに、企業も役所もメンバーシップ型の終身雇用が根強くあります。これは右肩上がりの高度成長期は機能したと思いますが、今は機能しなくなり、弊害も大きくなっています。

 今は定年延長もありますが、例えば60歳で会社を辞めて、再雇用で同じ仕事をしていても給与は大きく減ります。なぜ定年が存在しているかというと年功序列だからです。現役時代そのままの給与水準で60歳を越えて働かれると企業としては労働コストが重荷になります。日本は、今や人手不足になっているにもかかわらず、こうした慣行は、働くことにマイナスの影響を与えます。

 一方、欧米はジョブ型ですから、専門性に基づいて、健康である限り仕事を続けることができるわけです。ですから霞が関も、若いうちは専門性に基づいてキャリアを発展させ、幹部になりたい人はゼネラリストになるべく道が分かれていくようにすればよいのです。企業も、誰もが役員になれるわけではありませんが、役員になることだけが人生ではないわけです。専門性に基づく生き方も当然あります。

 ─ 諸外国で参考になる国はありますか。

 田中 例えばオーストラリアは、日本で言う審議官以上の幹部(事務次官を除く)は、全て官民公募です。応募者を第三者が評価して採用しますから、履歴書に民間企業などでの経験や実績を書けないと競争に勝つことはできません。

 もちろん、民から入ってくる人は限られているわけですが、大事なことは役所全体の中で競争することです。これによってオーストラリアでは省ごとの縦割りがなくなり、業績に基づき政府に貢献する人が出世する形に変わったのです。

 私は、今の日本において重要な2つの役所は厚生労働省と文部科学省だと思っています。雇用や教育などの人材育成に関わるからです。経済を成長させるためには人材こそ重要です。しかし、残念ながら両省の政策は極めて問題です。科学的な分析、そして証拠に基づく政策形成(EBPM)が極めて疎かになっているからです。そして、天下り先の確保を含め、自分達の利益を守ることを優先します。さらに、その後ろには族議員がいる。これを打破しない限り、日本の政策形成はよくなりませんし、日本経済は成長しないでしょう。ジョブ型に変えるとともに競争させ、ベスト&ブライテストを幹部に登用していくことが必要です。

 日本では14年に公務員制度改革を行い、幹部公務員制度をつくりましたが、オーストラリアなど諸外国の仕組みとは似て非なるものになってしまった。政治家が好き嫌いで選べるようになってしまったのです。オーストラリアは好き嫌いではなく能力を評価して選んでいます。


日銀の政策が構造改革を遅らせた

 ─ ところで前回「茹でガエル」状態である日本に対する危機感を語ってもらいましたが、「金利の付く時代」が近づいてきています。

 田中 私はこの間の「茹でガエル」状態の背景には、これまでの金融政策が大きいと思っています。最初の2年、チャレンジしたのはよかったと思うのですが、金融だけでは物価が上がらないことがわかったわけです。しかし、その後も金融緩和を続けています。

 そういう意図はなかったと思いますが、結果として低金利・マイナス金利で政治のバラマキを支援してしまった。日銀の政策が構造改革を遅らせたのです。

 景気は常に循環しており、今後下り坂に入ると金利は上げられなくなります。そうなると「茹でガエル」状態が続く。そうすると、構造改革を行うインセンティブは乏しくなります。

 ─ 先程のスウェーデンの例のように、危機に陥らないと変わることはできない?

 田中 我々個人でも、ショックを受けないと変わりませんよね。企業、組織でも危機意識がないと改革できません。例えば日本航空が立ち直ったのは破綻し、会長に稲盛和夫氏が就任するなど外から外科手術をした結果です。こうした外からのショックがない限り、国も企業も個人も、自立的に改革することはできないのではないかと思います。そうすると、問題が先送りされ、結局困るのは国民です。

 こうした状況で必要な改革を進めるためには、国民が今の状況を「おかしい」と理解することが重要です。政治も行政も頼れないので、やはりメディアの役割は重要なのだと思います。

 ─ 日本企業も意識変革が求められている時ですね。

 田中 一般論で申し訳ありませんが、役所も企業、特に日本の大企業も同じ状況です。これは日本の病気だと思うのですが、年功序列の仕組みが温存され続けています。

 年功序列だとトップがリスクを取らないわけです。あと少しで双六は上がりなのに、リスクを取って失敗したら、そこでバツが付いてしまう。失礼ながら、こうした経営者の意識を変えなければ、企業は生き残れないでしょう。しかし、実際には、改革できない企業が日本に多いのではないかと思っています。

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