2023-10-23

【政界】新たな経済対策を巡り「還元解散」カードを握った岸田首相の腹の内



常在戦場

 そうした中での岸田の「還元」発言。「秋解散」論が息を吹き返した。

 永田町では「内閣改造・党役員人事で挙党体制ができたのに選挙で議席を減らしたら首相は求心力を失う」(自民党議員)といった慎重論のほか、「自民党の情勢調査の数字が良かったと聞く。好機かもしれない」(閣僚経験者)などの主戦論が渦巻く。

 自民党総務会長の森山裕は10月1日、北海道北見市での講演で、新たな経済対策を巡り「財政規律をしっかり踏まえて減税の対応がとられる可能性もある」と指摘。その上で、「税に関することは国民の審判を仰がなければならない」と述べ、減税措置を打ち出すのであれば、衆院解散の大義になるとの考えを表明した。

 一方の立憲民主党は、国会対策委員長・安住淳が「やるとなれば受けて立って戦う」と強弁すれば、代表の泉健太も「懸命に候補者擁立を続けている」と選挙準備を加速させる構えだ。

 しかし次期衆院選の候補者擁立は思うように進んでいない。289小選挙区の候補者は目標の200人に程遠い160人ほどにとどまる。「立憲共産党」と揶揄されたため、一定の距離を置いていた共産党との「共闘」路線が定まらないことも、候補者擁立で伸び悩んでいる要因となっているようだ。

 立憲民主党の政党支持率は、ひと桁台で低迷しており、泉が勝敗ラインに掲げた「比例代表と合わせて150議席獲得」は現状のままでは厳しい。

「野党側の選挙準備が整わないうちに衆院解散するのが選挙の鉄則」(与党ベテラン)とされる。岸田の「還元」発言で解散風が強まるのもうなずける。

 公明党代表の山口那津男は9月29日、首相官邸で岸田と会談した後、「10月をもって衆院議員任期の折り返し点をすぎるので、それからは『常在戦場』の心構えで準備に当たる」と記者団に語った。

 ところが、このタイミングで解散風が強まったことで、岸田は「ジレンマ」を抱えることになる。

 岸田は今年6月、通常国会の最終盤で、自ら解散風を吹かせながら最終的に解散を見送ったため、「今回もまた思わせぶりな発言をしておいて解散しなければ党内の求心力は落ちる」(与党中堅)というのだ。

 解散をちらつかせて野党側を牽制したいけれど、解散風が強まれば解散せざるを得なくなる─。そんな難しい状況に立つことになった。

 岸田は「還元」発言から4日後の9月29日、強まる解散風の沈静化に動いた。新たな経済対策の財源を裏付ける2023年度補正予算案について「経済対策を取りまとめた後、速やかに補正予算案の編成に入り、臨時国会に提出したい」と表明した。

 岸田はそれまで、補正予算案の提出時期について明言を避けてきた。物価高対策や賃上げなどを国民にアピールできる経済対策というカードを最大限に活用するには、解散をにおわせておく必要があったからだ。

 ところが、封印していた補正予算案の国会提出時期を明言したことで、成立させるまでの間、自ら解散権を縛ることになった。


連立解散

 政府・与党は、臨時国会が召集される10月20日に岸田の所信表明を実施し、23~26日に衆参両院で各党代表質問を行ったのち、両院の予算委員会を順次開催するという青写真を描く。

 補正予算案は早ければ11月上旬に提出することができる。ただ、11月12~15日は米サンフランシスコでアジア太平洋経済協力会議(APEC)の財務相会合と外相会合が開かれ、15~17日は首脳会合が開催される。この間は岸田や財務相の鈴木俊一らが不在となり、補正予算案の審議は進まない。

 そのため、補正予算案提出のタイミングが11月下旬になることも想定される。そうなれば11月いっぱいは審議が行われる。12月になると24年度予算案の編成作業が始まり、衆院解散・総選挙を行う環境は整いそうにない。

 与党内には「首相ははなから解散を考えてはいない。経済対策などの重要課題を一つ一つ実現させるつもりだ」(与党幹部)という空気が支配的となった。

 様々な観測を広げた「還元」発言だが、実は岸田よりも早く、上振れした税収の「還元」を口にしていた議員がいる。

 国民民主党の代表、玉木雄一郎だ。9月2日に実施された党代表選への出馬を表明した8月3日の記者会見で、こう主張している。

「税収の上振れ分については、厳しい物価上昇の中、『国民に還元』して、暮らし、家計、消費を下支えする政策を行い、来年の春闘の賃上げを確実なものにしていく」

 今も国民民主党が与党入りする「自公国連立」構想が取り沙汰されている。岸田は先の内閣改造に合わせて、国民民主党の前参院議員で、党副代表を務めた矢田稚子を首相補佐官(賃上げ・雇用担当)に起用した。政策面で共通点が多い国民民主党との連携強化を狙ったものとされる。

 税収の上振れ分を「国民に還元する」という同じ表現を使ったことで、岸田と玉木の足並みが揃う格好となった。今後、自公国連立が加速する可能性がある。連立の枠組みの変更は衆院解散・総選挙で国民に賛否を問う「大義」にもなる。しかも過去に12月に衆院選を行ったことは12年の野田佳彦内閣や14年の安倍晋三内閣などの例がある。

 政界は「一寸先は闇」といわれる。岸田が減税や給付金、自公国連立などを仕掛けて「伝家の宝刀」を抜くかもしれない。臨時国会は何が起きるか見通せない。

(敬称略)

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