2023-06-27

【認知症薬の正式承認へ】エーザイCEO・内藤晴夫氏に直撃!新薬は家族の介護負担や家族の就労機会にどう影響?

内藤晴夫・エーザイ代表執行役CEO



患者の7割が新興国に

 ─ その概念をレカネマブにも落とし込んだのですね。

 内藤 そうです。認知症の治療薬に対する支払い意思額として20万ドルを用いてQALY増分である0.64と掛け合わせ、そこに標準治療との医療費の差額7415ドルを足して投与期間となる3.6年で割って3万7600ドルという数値が出てきました。

 ─ この新薬のニーズは先進国のみならず、途上国にもありますね。どう対応しますか。

 内藤 2030年頃にはアルツハイマー病の有病者の約70%が新興国や途上国の人々になると言われています。主に中国や開発途上国です。ですから、レカネマブも途上国で普及する薬にしなければ意味がありません。

 例えば、インドはソーシャル・システムが未成熟なので、より多くパブリックに還元しなければならないと思います。途上国に行けば行くほど、我々の取り分は少なくしてパブリック分を多くすることを考えなければなりません。

 ─ その意味でもレカネマブは社会を変える力があると。

 内藤 ええ。投資家からも「これが成功したらエーザイは変わる」と言われていますからね。ただ、課題もあり、その一つは検査体制です。アルツハイマー病の原因とされる「アミロイドベータ」の蓄積量を確認するためには、現時点ではアミロイドPET(陽電子放射断層撮影)か脳脊髄液の検査をするしかなく、患者さんの身体的な負担が大きく、お金もかかります。

 ただ、25年くらいには血液検査でも分かるようになるのではないかと思っていますので、そうすれば患者さんの負担も少なく、費用も安く済みますので途上国でも対応できるようになるのではないかと思っています。

 ─ 内藤さんがレカネマブの臨床第Ⅲ相試験の結果を最初に聞いたときは、どんな気持ちだったのですか。

 内藤 試験の結果が見たこともないデータでした。主要評価項目である全般臨床症状の悪化抑制に関してp値が「0.00005」。こんな数値は聞いたことがありません。「本当なのか」と驚いて涙が出ましたね。

 ─ 苦労の末の新薬開発だったわけですが、イノベーションの成果と言えますね。

 内藤 そうですね。日本の薬価はとても安い。新薬に対する価格も安いし、毎年薬価も下げられています。そういった国では新薬も開発しないでしょうし、その国で承認も取らなくて良いと考える企業も増えてきているのは事実です。海外で使われている薬が日本で使えるようになるまでの時間差を「ドラッグ・ラグ」と言いますが、今は「ドラッグ・ロス」です。

 ─ 米国はどうですか。

 内藤 米国では基本的に会社が自由に価格を設定しますし、その価格を社会が認めれば公的保険は償還します。イノベーションに対する評価の姿勢が違うのです。ですから、世界中の製薬メーカーが米国市場をめがけてやってくるわけです。

 例えば熱帯病に対する治療薬にしても製薬メーカーが無償で提供しているものが多いです。ですから経済的なリターンはありません。ところが米国のFDA(アメリカ食品医薬品局)に新薬承認申請して許可をとると、市場原理の働かない疾患領域での開発インセンティブとして優先審査のバウチャーをくれるのです。それは他社に譲渡する(売る)ことが可能です。

 バウチャーを買った企業は自分たちの開発品の審査の際にそのバウチャーを使って優先審査してもらうことができるのです。これに100億円規模の価値があると言われています。ですから、ビジネスになりにくい熱帯病の薬も米国に申請してバウチャーをもらうことで事業として成り立つのです。

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