新薬がもたらす価値を見える化
─ こういった新薬の価値を算出するのは初めてですね。
内藤 ええ。米国の場合では10年間のトータルバリューを計算して6割を患者さんやその家族、医療従事者、支払者、政府といったパブリックステークホルダーズに返します。
残りの4割をエーザイの株主と従業員といったステークホルダーズに対し商品の売り上げとして当社がいただくと。それで2万6500ドルという年間薬剤価格を導き出しました。
─ 日本での薬価の在り方も変わっていくべきですね。
内藤 そうですね。薬価の算定方法を新薬がもたらす社会的な価値に基づく計算に変えていただきたいと思っています。というのも、この薬剤は病気の進行を抑えるという医療効果に加えて家族や介護従事者のケアなどへのインパクトが大きいからです。認知症に関わるケアの費用を見ると、公的介護費用のほか、家族による無償の介護や介護のための就労機会の損失などが日本では何兆円にもなっているのです。
レカネマブはそれを削減することが期待されます。レカネマブはアルツハイマー病の次のステージへの進行を2~3年遅らせる効果が示されていますので、例えば軽度アルツハイマー病の患者さんは軽度のまま3年間より長く留まることが期待できるわけです。
アルツハイマー病の患者さんの介護費用は重症化するとものすごく跳ね上がり、医療費の増加よりもインパクトがあるのです。レカネマブは病気の早期段階に長く留めることが示されていますので、介護費用の削減効果も非常に大きいものが期待できるということになります。
しかし今の日本の薬価制度においては、このような介護費用に対するメリットは反映していないのです。家族による無償の介護や介護休職による就労機会の損失など、見えない負担を含めてもっと議論する必要があるのではないかと思います。
─ 米国でもこういった考え方は新しいと?
内藤 はい。米国でも今まで明確にこういう考え方で価格付けをした製品はありませんでした。しかしレカネマブは社会的な「インパクト」があり、この議論が必要だと思うのです。
我々がレカネマブの価値を定量化する際、「QALY(Quality-Adjusted Life Year)」を分子に置きました。QALYとはレカネマブによって何年間生きて、その間の生活がどうだったか。その余命×クオリティ・オブ・ライフを意味します。この場合、この薬の投与によって普通の治療に比べてもQALYが0.64増えることが分かりました。ただ、このままの数値だと金額が算出できないので、QALY増分に支払い意思額というものを掛け合わせます。
支払い意思額とは「1年間、認知症から解き放されたとしたら一体いくら払いますか」という概念です。それは1人当たり国内総生産(GDP)のおおむね1倍から3倍と言われていますが、高度アルツハイマー病では5倍が適切であると提唱する論文もあります。