2023-03-06

元通産事務次官・福川伸次氏の危機感「企業経営者が〝驕り〟を払拭し、空気と産業構造を変えなければ日本経済の停滞は続く」

福川伸次・地球産業文化研究所顧問

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日本はなぜ「失われた30年」に陥ったのか?長く産業政策に携わってきた福川氏は「1980年代のバブル期、経営者には『驕り』があった」と指摘。1980年代には日米半導体摩擦が起きるなど、日本の半導体は品質、生産規模で世界最高だったが、今や存在感を失っている。「経営者がチャレンジ精神を失った結果」という指摘だ。日本企業経営者には「空気を変える」ことが求められている。

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賃上げ環境が整うが「生産性」上がらない日本

 ─ 岸田政権は「成長と分配の好循環」を掲げて、企業に対して5%程度の賃上げを要請、経団連など産業界も賛同していますが、経済の先行きは不透明です。現状をどう見ますか。

 福川 賃上げについては経団連も賛同し、それを望む気持ちが広がっています。ただ、それが実現できるかどうかは慎重に考えないといけないと思うんです。

 問題の第一は、国際経済状況です。IMF(国際通貨基金)は2023年1月末に、23年の世界経済の実質成長率予測を2.7%から2.9%に上方修正しました。しかし、決して簡単な状況ではありません。

 米国の金利上昇は予想よりは収まっていますが、今後も予断を許しませんし、ウクライナ戦争を巡る国際情勢も不透明です。エネルギー、食料市場も不安定が続きます。

 日本は一時、かなり円安に振れ、その後少しずつ円高に戻ってきましたが、通貨情勢がどのように推移するのかも不透明です。

 ただ、仮に円安になったとしても、日本の産業構造は、輸出を増やすことができる状況にはなっていません。世界経済の変化に付いていけていないのです。

 ─ 円安は国力低下を示しているという声も強いわけですが、経済成長がなかなかできないという現状があります。

 福川 ええ。大きな課題として、日本は生産性が低いという事情があります。賃金上昇を成長に結びつけるには、そのコストアップを企業が生産性を上げて吸収できなければなりません。企業収益を圧迫しては、成長を阻害してしまいます。

 生産性を上げ得る状況にならなければ、賃金が上昇しても、それは一時的な現象に終わってしまい、日本の成長につながらないのです。

 OECD(経済協力開発機構)の調査によると、OECD加盟38カ国のうち、日本の労働生産性は27位です。中でも日・米・独だけを比較しても、時間当たりの労働生産性で、日本は米独より低い(表1参照)。また、日本は労働時間がかなり長いのですが、ドイツは労働時間が短い上に生産性が高い。

 この状況で賃金だけ上げても、それを付加価値の上昇や経済成長に結びつけるという形にならないのではないでしょうか。

 ─ 生産性が上がらない中の賃上げは、単なるコストアップになる恐れがありますね。

 福川 ええ。一過性に終わってしまうという不安感があります。

 労働生産性を上げるために何が大事か。労働生産性は分子が付加価値、分母が労働投入です。これまで日本は、労働投入を低くすることに取り組んできましたが、生産性を上げるには分母分子両方を改善しなければいけません。

 分子を上げるには、価値の高いものをつくることです。日本は安くつくって安く売ることに努力してきましたが、今後は安くつくって高く売ることが重要です。価値の高いものをつくれば、高い値段で売れるのです。

 文化的な価値、感性価値など、顧客が新しい価値に対価を払ってもいいという形にしていかないといけません。欧米の企業は、それを企業戦略の中心にしていますが、日本は未だに薄利多売です。これまでと違う売り方ができる企業体質にしていく必要があります。

 ─ 生産性向上には企業の改革が必要だと。

 福川 はい。改革が真剣に問われているわけですが、今の日本の企業経営者の中で、そういう努力の様子がほとんど見られません。多くの経営者が今までの延長で物事を考えています。

 スイスのIMD(国際経営開発研究所)が行った国際競争力とデジタル競争力に関する調査では、20年の日本の国際競争力は34位と中国、韓国、台湾よりも劣位にありました(表2参照)。

 特にデジタル技術は、コスト削減と同時に価値を高める上で重要な役割を果たしますが、ここでも中国、韓国、台湾に負けてしまっています。賃金だけ上げても、それ以外の改革が伴わなければ「成長と分配の好循環」にはつながりません。この構造問題が解決されていないのです。

 産業構造をどう変えるかについて、もっと真剣に考えないと、日本経済の停滞は続きます。

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