2023-03-06

元通産事務次官・福川伸次氏の危機感「企業経営者が〝驕り〟を払拭し、空気と産業構造を変えなければ日本経済の停滞は続く」

福川伸次・地球産業文化研究所顧問

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日本の競争力が低下する中で

 ─ 日本では企業数の9割以上を中小企業が占めていますが、中にはなかなか生産性を上げられない企業もあります。生き残れない企業が市場を去ることについては「救済すべきだ」、「退場させるべきだ」など、様々な意見があります。

 福川 政治的には厳しいとは思いますが、日本は企業の新陳代謝をもっと徹底的にやる必要があると思っています。今も、「GAFA」などのデジタル系の欧米や中国の企業は大幅に人員整理を行っています。これに対して、日本企業はほとんど取り組んでいません。約4割の人が非正規の立場で働いている。これではなかなか給与は上がっていきません。

 今のままでは、今後さらに競争条件が悪くなり、日本の競争力は落ちていきます。ですから、成長と分配の好循環は簡単には描けない状況です。今後どう取り組むかを、政府も企業ももっと真剣に考える必要があります。

 ─ 雇用の流動化と、それに伴うリスキリングが必要になるでしょうし、経営者は付加価値を生むためにリスクを取って挑戦する必要がありますね。

 福川 そう思います。今は人材育成にも研究開発にも投資が足りていません。今後、何をすればいいかについて考察する必要があります。

 イノベーションの展開が決め手です。その指標も表3で見てみましょう。2000年、2010年、2020年で日・米・中など各国の研究開発費、政府の負担割合、研究者数、博士号取得者、特許出願件数、論文のシェア特許出願件数、論文のシェアを比較した調査があります。

 日本の研究開発費は若干伸びていますが、米国や中国の伸びと比べると全く足元にも及びません。政府の負担割合も、米国の方が高いですし、ドイツはさらに高い。

 研究者数でも米国と中国の伸びは圧倒的ですし、ドイツ、韓国も伸ばしています。一方、日本は博士号取得者や特許出願件数、論文シェアが減り続けている状況です。日本のイノベーション力は停滞しているのです。ちょっとそっとの景気対策では、日本の競争力は元に戻りません。


1980年代日本の経営者に「驕り」

 ─ 中長期の視点が必要で、教育は当然大事になりますね。「隗より始めよ」でリーダーが始める必要がありますが、なぜ日本はこういう状況に陥ってしまったのか。

 福川 私は「自惚れ」だと思います。バブル経済時代に日本の経営者には驕りの意識が広がっていた。1980年代に日本の産業が強くなり、半導体摩擦が生じて米国から購入を求められた時、彼らは「そんなに買えというなら買って太平洋に捨ててくる」などと言っていたのです。

 1979年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版した米国の社会学者のエズラ・ヴォーゲル氏は20年12月に亡くなりました。私は彼と通産省の現役時代から交流があり、亡くなる3カ月前に来日した際にも会っていろいろな話をしました。

 その時、彼は「日本に大変申し訳ないことをした」と言っていたんです。

 ─ どういう意味ですか。

 福川 彼は米国人に対して、日本がなぜこんなに強くなったのかを知らせるために『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いたのに、それを見た日本人は『ジャパン・イズ・ナンバーワン』と誤解したと。「アズ・ナンバーワン」と「イズ・ナンバーワン」では意味が違います。

 これによって、日本の企業経営者は自惚れ、努力をしなくなりました。そうしてバブルを招いたわけです。

 90年代後半にバブルが崩壊したわけですが、立て直しをする時に何もできず、どうやって企業を存続させるかということばかりやっていた。当時欧米、中国などの企業が情報技術を中心にイノベーションに努力していた時に、日本の経営者は企業の存続だけを考えていたのです。

 ─ この時に、日本企業は非正規雇用を増やしましたね。

 福川 ええ。研究開発を進めるのではなく、雇用の仕方を非正規にして、賃金コストを下げた。新しい分野に挑戦したり、新しいものを生み出すという方向に向かわなかったのです。

 当時、バブルが崩壊して、どうやって企業を存続させるかに努力していた時に、中堅で働いた人達が、今経営トップにいるわけです。どうやってイノベーションを起こすかの経験がなく、いかに企業を存続させるかを経験した人達ばかりになってしまっている。こうした事情によって、イノベーションを起こしていく企業努力が欧米や中国に対して遅れてしまったのではないかと思います。

 半導体を見ても、80年代の日本は5割のシェアがありました。今は1割を切っている。当時日本が見下していた米国も復活していますし、中国が強くなり、韓国、台湾にまで抜かれている状況です。

 ─ 日本の経済規模は足元で世界3位ですが、1人当たりGDP(国内総生産)では台湾にも抜かれましたね。

 福川 GDPの規模でも、おそらく24年にはインドに抜かれて日本は4位になるという予測がありますし、ドイツにも抜かれるかもしれません。1人当たりGDPでは台湾に続いて韓国にも抜かれそうです。日本は経済の地位がさらに落ちていく可能性があります。こうした状態になっている原因は、先程申し上げた「驕り」です。

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