2023-01-23

【なぜ今リカレント教育なのか?】第一生命ホールディングス会長・渡邉光一郎の「産・学・官連携で人材づくりを」

渡邉光一郎・第一生命ホールディングス会長 (経団連副会長)



コロナ禍、ウクライナ危機で得た教訓、そして日本の課題


 産業界、教育界双方が抱く危機感は政府の『教育未来創造会議』(議長・岸田文雄現首相)が2022年5月と9月に出した提言にも現れている。

 GDPで見た国力でいえば、2020年時点で世界のGDPに占める各国の比率は米国が23.6%、中国は17.9%であるのに対し、日本は5.4%。2060年には中国が26.1%、米国15.4%と中国が米国を抜き去り、日本は2.7%にまで低下すると予測される。

 就業者1人当たりの労働生産性は7万8655ドル(当時の為替レートで約809万円)で米国の58%の水準。OECD加盟国38カ国の中では28位で、先進国の間で最下位クラス。

 社会課題の解決へ向かって、国や社会の現状を変えていこうという覇気、使命感を持つ者が日本は相対的に少ない─との指摘もある。

 こうした現状を変え、1人ひとりが生き甲斐と使命感を持つようにしていくためのリカレント(学び直し)である。

 教育未来創造会議は、具体的にデジタル人材の不足も挙げる。日本のデジタル競争力は29位(国際経営開発研究所調べ。ちなみに1位はデンマークで韓国は8位、英国16位、中国17位、ドイツ19位の順)。

 そこで同会議は、〝デジタル推進人材〟(データサイエンティストなど)を2024年度までに年間45万人を育成する体制を整えるとしている。

「産業界も教育界も、自分たちの目の前にそういう現実があるのだということに気づきましょうと。気がついたとすれば、イノベーションをこれからやって構造を変えていかなくてはならない。そうすると、高度人材が不足しているから、高度人材をつくらなくてはいけない。イノベーションを進めるには、スタートアップの大学のいろいろなシーズをどんどん社会実装していかなくてはならない。そのためには産・学・官連携が必要だと。それで産学協議会の重要性も高まった」

 渡邉氏は、「産・学・官がベクトルで一致したというのは、歴史始まって以来ではないかと思います」と感慨深げに語る。

 リカレント教育で、産業界の果たすべき役割とは何か?

「新しい産業構造に円滑な労働移動もできる。かつてのようなリストラではなくて、構造変化をしながら、そこに新しい人、スキルアップした人を移動させていくという考え方です」

 産業界では、雇用制度も従来の終身雇用、年功序列的なメンバーシップ型から脱し、職務内容や本人の能力に応じて賃金を決めるジョブ型の要素を取り入れるなどの流れも強まる。

 また、副業・兼業を認めるとか、リモートワークなど多様な働き方が登場。「こうした試みや条件整理が整ってリカレント教育が大きな流れになっていく」という渡邉氏の考え。

 改めてリカレントの〝定義〟をすると、「リカレントは広い概念で、リスキリングはその中の部分的な概念として出ているという整理のほうが分かりやすいと思います。政府がリカレント教育と出したのは、リスキリングを包括する概念だと理解すればいいと思います」と渡邉氏。

 大学側にとっても、構造変化の波が押し寄せる影響は大きい。少子化の流れの中で、18歳人口は今後10年間で112万人(2022年)から102万人(2032年)と9%減る。

 高卒の18歳人口だけを入学の対象にしていれば縮小均衡は避けられない。これに対し、社会人を教育したり、留学生をもっと受け入れる方策を取ることは、「大学経営の視点から考えても、これはリカレントに結びつく社会人教育になる」と渡邉氏。

 リカレントという学び直しの概念は大学経営にとっても必要だということである。

新しい『国のカタチ』を


 日本の近代化は明治維新(1868)から始まった。西欧に追い付き、追い越せと『殖産興業』、『富国強兵』の旗印の下、日本は踏ん張ってきた。しかし、太平洋戦争で敗戦(1945)。維新から77年経ったときの敗戦である。

 米国をはじめとする戦勝国は日本を占領し、GHQ(連合国軍総司令部)を置き、憲法制定、教育、産業政策の根幹を次々と決めていった。

 GHQが置かれた場所は、第一生命ホールディングスのある東京都千代田区有楽町である。渡邉氏が中教審会長を務め、今また新たに日本の教育の骨格づくりに参加していることは何か歴史の因縁めいたものを感じる。戦後日本がサンフランシスコ講和会議で独立を果たし、主権を回復するのは1952年(昭和27年)のこと。

 明治維新時はまだ〝半人前〟の国ながら、主権国家として憲法を制定し、教育の基本骨格をつくった。敗戦で民主国家の形態を取ったものの、GHQの意向の下で─という色彩は残る。

「民主的ないい教育をするという理想像と、日本の国力をどう弱くするかという弱体論が重なっている時期」(某経済人)という指摘もある。

 肝腎の米国はどうか?

 米国自身は産学連携を強力に進める国柄。そこへ、ドイツをはじめ欧州系や世界各地から優秀な留学生が押し寄せ、イノベーション国家となっていった。また、それだけ人を惹きつける国柄ということでもある。

 そうした流れを踏まえて、「日本はタテ型社会になり、義務教育のところでは広い教育がされていますが、高校になると文理がだんだん分かれていく。そのまま大学に行くと、文理で完全に分かれた形で、ずっとタテ型になっていく」と渡邉氏。

 この構図だと、人材も自らの領域を規定し、それだけで生きようとする〝I型人材〟になる。企業はもっと多様な能力を持ち、柔軟に新たな課題に対応できる〝T型〟や〝π型〟の人材を求めるのだが、産業と教育も噛み合ってこなかった。

「従来の考え方にいったん区切りをつける。十倉・経団連会長がいま進めている新成長戦略(『。新成長戦略』)という言葉の前にピリオドが打たれています。従来の生き方に区切りを付けて、新しい構造をつくりましょうという意味合いを込めているんですね」と渡邉氏。

 サステナブル資本主義を打ち出す経済人と大学関係者との連携を軸に、産・学・官連携を実りあるものにしていけるかどうか、2023年はその真価が問われる年になりそうだ。

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