2021-10-11

【政界】11月中の総選挙で問われる新政権が掲げる新しい「国のカタチ」

イラスト・山田紳



バラマキ合戦の様相

 今回の総裁選で、8年9カ月にわたる安倍・菅政権からの路線転換を正面から訴えた候補はいなかった。4人ともこの間に政府や党の要職を担っており、とがった主張をしにくいという事情もあった。

 経済政策「アベノミクス」「スガノミクス」の基本線は新政権でも維持される見通しだ。ただ、アベノミクスの課題として残っ
た成長戦略を巡っては、各候補のスタンスの違いが表れた。

 河野は労働分配率を一定水準以上にした企業に法人税の特例措置を設け、賃金を引き上げる「個人を重視する経済」を主張。閣僚として担当する規制改革をさらに進める考えも示した。

 高市は「大胆な危機管理投資・成長投資」を提唱し、ワクチンや医療品、量子コンピューターなどの国産化支援や、大規模災害に備えた公共事業の強化を具体策として挙げた。

 これに対し、岸田は「小泉改革以降の新自由主義的政策を転換する」と規制改革、構造改革路線からの脱却を訴えた。河野との違いを明確にしつつ、衆院選や来年夏の参院選に向けて自民党の支持団体・業界に配慮したとみられる。ただ、格差是正のために「成長と分配の好循環」を生み出す道筋は必ずしも明確ではない。

 一方で財政健全化の議論は深まらなかった。最も急進的だったのが高市。物価上昇目標2%の達成までは基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化を凍結し、積極的な財政政策を講じるべきだと主張した。これには、副総理兼財務相の麻生太郎が「モダン・マネタリー・セオリー(現代貨幣理論)がよく言われるが、放漫財政をやっても大丈夫だという実験場に日本のマーケットをするつもりはない」といち早く反論している。

 ほかの3候補も財政再建を後回しにする姿勢が目立った。河野は「新型コロナの影響が続く間、PBを先送りせざるを得ない」と認め、岸田も2025年度にPBを黒字化させる政府目標について「目標ありきではなく、やるべきことの順番を間違えてはならない」と先送りに含みを持たせた。

 衆院選で有権者の歓心を買おうと、与野党はすでに巨額の経済対策を競い合っている。岸田は「数十兆円規模の経済対策を早急に取りまとめる」と強調し、高市も、水害や土砂災害の防止対策、耐震化対策、通信網の強じん化などに10年間で100兆円規模を投じるとぶち上げた。

 野党も負けていない。立憲民主党は、政権獲得後すぐに実行する事項として「少なくとも30兆円規模の補正予算の編成」を掲げた。

 政府は20年度に新型コロナ対策などで3回にわたって補正予算を編成したが、30兆円超を年度内に使い切ることができず、21
年度に繰り越した。にもかかわらず、選挙向けのバラマキ圧力は強まるばかりだ。

【財務省】中国が反発する中、TPPに台湾が加盟申請

旧民主の年金制度?

 菅は昨年10月、首相就任後の所信表明演説で、50年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」(CN)を打ち出した。さらに今年4月の米国主催気候サミットでは、CNの長期目標に向け30年度までに温室効果ガスの排出量を13年度比で46%削減することを国際的に公約した。安倍政権の「13年度比で26%削減」を大きく上回る野心的な目標で、「グリーン社会」は菅政権のレガシーの一つと言える。

 日本経済団体連合会は政府方針への支持を表明し、6月の緊急提言に「原子力の最大限の活用等による電源の脱炭素化の推進が必要であることは論をまたない」と盛り込んだ。経済界や自民党には原発の新増設を求める声が根強い。

 それだけに、脱原発が持論の河野がエネルギー政策をどう訴えるかは、総裁選の情勢を左右する重要なポイントになった。自民党には河野の主張に拒絶反応を示す議員が少なくないからだ。

 そこは河野も計算したのだろう。「まずきちんと省エネをやり、再生可能エネルギーを最大限導入する。それでも足りないところは、安全が確認された原発を再稼働していくのが現実的だろう」とあっさり軌道修正した。総裁選前には、安倍ら党内の実力者にも「ご懸念には及びません」と理解を求めている。

 ただ、河野も、河野とタッグを組んだ小泉も原発の新増設には否定的で、将来の脱原発をあきらめたわけではない。一方、岸田は「新増設の前にやることがある。既存の原発の再稼働をしっかり進めていくことが大事だ」と述べ、新増設への態度をあいまいにしている。

 総裁選では、事前にあまり予想されていなかった年金制度改革が争点としてにわかに浮上した。河野が基礎年金部分への「最低保障年金」導入を提唱したからだ。

 基礎年金は保険料と税金で半分ずつまかなわれている。河野は「所得がなく保険料を払えない人は、その分、将来の年金が減ってしまう」として、保険料に代えて税金で最低保障するプランを披露した。

 かつて旧民主党は消費税を財源とする月額7万円の最低保障年金をマニフェストに掲げたが、政権につくと頓挫した。河野の考えは旧民主党案に近いため、岸田は「7万円の最低保障年金では民主党をずいぶん攻撃した。確か消費税を8%上げなきゃいけない、不可能だと言ってきた」と疑問を呈し、高市も全額を税にすると「12・3兆円になる」と反論した。

 安倍政権は現行制度を「百年安心」と自賛してきただけに、自民党としては制度を簡単には変更できない。旧大蔵省出身の中堅議員は「筋が悪い。最低保障年金はどうしても増税の話になるから、衆院選にも影響する」と顔をしかめる。

【岸田・新総理誕生】元通産事務次官が語る「日本再生の道筋」

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事