2024-03-09

【倉本 聰:富良野風話】旭川空港

東京に出る時、飛行機を利用する。僕の場合は旭川空港である。

【倉本 聰:富良野風話】凄むなよォ

 この旭川空港は北海道でも中央部に位置し、冬場は年中、雪に見舞われる。降雪率から言ったら道内でも1、2を争うのではあるまいか。昔、40年ほど前は田舎の停車場のような鄙びた空港で東亜国内航空の国産ジェットプロップが日に何便か飛んでいるだけ。羽田までの飛行時間は3時間ほどもかかり、一寸雪が降るとすぐ欠航した。ぐっすり熟睡してドスンという着陸の衝撃に、ヤレヤレ着いたかと目をさましたら窓の外の景色は羽田だったなんてことが何度かあった。旭川に着いたが吹雪で降りられず、何度か上空を旋回した揚句、結局、羽田に引き返したのである。

 その当時は乗客は荷物と一緒に昔なつかしい匁秤にのせられ、体重と荷物の目方を計られて左右の座席にバランスを考えてふり分けられたものであった。空港の職員も数が少なく、殆んど顔見知りのオジさんたちだったから、体重を計るとニヤリと笑って、オヤ少し肥られましたナ、などとからかわれて、余計なお世話だ! と返したりしたものだ。

 その旭川空港が今は昔。JAL、ANAなどの定期便が入って空港もすっかり新装開店し、冬場の荒天は相変わらずなのに今や就航率99%という北海道でも屈指の安定空港に生まれ変わってしまった。

 これには大きな理由がある。

 この空港独特のワックスウイングスという見事なチームの存在である。

 この界隈は農村地帯であり、米・麦・芋などの産地である。農村にとって冬場は農閑期であり、昔は出稼ぎの季節だった。今は大農法の時代となり、農家の男性は殆んど重機が扱える。そこに目をつけたどこかの智恵者が空港界隈の農業地帯、東川、神楽、美瑛等々の農家さんに声をかけ、空港滑走路の除雪チームを作ってしまったのである。チームの名前はワックスウイングス。総員四十数名。22歳から66歳の農家さんが午前4時半から出勤する。そして何台ものホイールローダーなどの重機をあやつり、実に見事なチームワークで滑走路からランプ、空港内の雪を除雪するのである。かくして午前8時半の一番機の到着までには殆んどの場合、白い積雪の中に黒い滑走路がくっきり姿を現している。

 もっとも、吹雪の日はその上に、更に霏霏として雪が舞うのだが、それでもこの名だたる多雪地帯の空港が99%の就航率を誇るのは、実に賞賛に値する。冬場の農家の男たちの余剰労働力に着目した旭川空港の勝利であろう。

 たまに東京に大雪が降ると大都会はたちまち交通麻痺に陥る。自然の恐さを知らぬ街のドライバーが、凍結道路の恐ろしさをなめてノーマルタイヤで出かけてしまうからである。そうした1台の車の過失が、重大な渋滞を生み、ある場合には死者まで出してしまう。都会人は自然の脅威を真剣に勉強すべきである。

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