2021-03-03

自らの言葉で国民をどう説得するか? コロナ禍で試練続く菅首相の正念場

イラスト:山田紳

政権発足から約5カ月。足元ではコロナ感染者が減ってきているとはいえ、先行きへの不安感は強い。その中で政治家の失態が相次ぐ。与党への支持率が低下する中で、菅義偉首相の手腕が問われる局面を迎えている。4月には2つの衆参補欠選挙に加え、自民党の不祥事に端を発した参院広島選挙区の再選挙も行われる。コロナ収束も経済再生の兆しも見えない中、菅政権は初の国政選挙の洗礼を控え、展望が開けていない。菅政権は正念場を迎えている。

改心の背景

 緊急事態宣言の3月7日までの延長を発表した2月2日の菅の記者会見は、それまでと趣が異なった。原稿を映写するプロンプターと、感染者数などを示したパネルが初登場したのだ。

 菅の不人気の一因は「言葉が伝わらない」ことにある。用意した原稿を下を向いて読み、言葉に抑揚がなく棒読みに聞こえる。滑舌が悪い上、言い間違いも多く、コロナ収束への決意が伝わりにくいとの声は多い。

 7年9カ月におよぶ歴代最長の官房長官時代は連日記者会見をこなし、おそらく「歴代で最も記者会見した政治家」だったが、番頭からトップになって注目度は格段に上がり、精彩を欠いている面が目立つ。

 政策に関し、様々な分野の専門家らと会って耳を傾ける菅だが、自分のこととなると頑固になる。自民党議員によると、これまでも「棒読み」回避のため記者会見や国会答弁の改善すべき点をいくつか提案したというが、菅は聞き入れなかった。

 その菅がプロンプター(カンニングペーパー)を導入した。宣言が1カ月で解除できなかったことを「誠に申し訳なく思っている」と文字通り頭を下げて謝罪した。今まであまりなかった光景で、この日は国民の協力を求めて繰り返し、こうべを垂れた。「私も日々悩み考えながら走っている」と率直な思いも打ち明け、「随分と熱が入っていて、良かった」(自民党幹部)と評判は上々のようだ。

 頑固な菅が改心したのは、焦りの表れともいえる。この記者会見の直前、与党議員の不祥事が次々と発覚したからだ。

 1月下旬、自民党国対ナンバー2の国対委員長代理だった衆院議員の松本純が宣言下で午後8時以降の営業自粛が要請されている中、東京・銀座のクラブなどを深夜まで「はしご」していたことが報じられた。当初はクラブ訪問が「1人だった」と断言していたが、後に文部科学副大臣の田野瀬太道、国対副委員長の大塚高司の衆院議員2人も同席していたことが判明した。

 松本は2人を「かばった」と弁明したが、後の祭り。国家公安委員長も務めた人物による明らかな噓だった。3人は政府や党の役職を辞任したが、党の判断は「離党勧告」。いずれも2月1日に離党届を提出し、即刻、受理された。「公明党のホープ」と言われた同党幹事長代理の遠山清彦も宣言下で深夜まで銀座のクラブを訪れていたことが発覚した。こちらは政治資金による「キャバクラ代」支出も分かり、支持団体の創価学会婦人部が激怒。1日に衆院議員を辞職した。

 秋までに行われる衆院選を控え、離党・辞職はかなり重い対応だ。特に菅は文科副大臣だった田野瀬を叱責し、「やってはならないことだ。更迭する」と直接引導を渡した。

 こわもてのイメージの菅だが、官僚、ましてや同僚議員をここまで強い調子でいさめることは「かなり珍しい」(首相周辺)。いずれにせよ、与党議員が一挙に4人もいなくなるのは、相当な異常事態である。

立ちはだかる補選・再選挙

 菅への追い打ちは続いた。一昨年の参院選広島選挙区で初当選しながら公職選挙法違反に問われ、1審で執行猶予付きの有罪判決を受けた参院議員の河井案里が3日に辞職した。河井も検察も控訴せず、5日に河井の有罪が確定。河井の当選は無効となった。選挙時に官房長官だった菅は熱心に河井を支援しており、有罪確定は手痛い。

 ツケは4月に回ってくる。鶏卵生産大手側からの贈収賄事件で在宅起訴された元農林水産相の吉川貴盛の辞職に伴う衆院北海道2区、昨年末に立憲民主党の羽田雄一郎がコロナ感染で死去したことに伴う参院長野選挙区の2つの補選に加え、参院広島選挙区の再選挙が加わった。

 補選・再選挙では菅の政権運営への評価も問われる。しかし、自民党は衆院北海道2区で候補を擁立しないことを早々と決めた。参院長野は元衆院議員の新人を擁立するが、「羽田王国」で議席を奪うのは至難の業だ。

 こうした情勢の中、実は参院広島選挙区の再選挙が最も自民党勝利の可能性がある。再選挙は広島選出の前政調会長・岸田文雄が主導するとみられる。岸田は、改選数2の一昨年の参院選で菅や幹事長の二階俊博らが主導した2人目の候補・河井の擁立に当初から批判的だった。今回は党広島県連を前面に押し立てて、陣頭指揮を執る構えだ。

 被爆地・広島は革新勢力が強い印象もあるが、もともと党内でも有数の保守王国だ。特に岸田率いる岸田派(宏池会)の議員が多く、「河井色」を払拭した選挙戦ならば勝機はある。昨年の総裁選で菅に完敗して以来、めっきり露出が減った岸田自身にとっても、「ポスト菅」候補に踏みとどまるまたとない好機で、岸田は周辺に「絶対勝つ」と意気込みを示している。

 それにしても自民党の昨今の不祥事は激しい。河井案里の夫で元法相の衆院議員・河井克行は案里の選挙違反で公判中、衆院議員の秋元司もIR汚職事件で公判中だ。いずれも疑惑発覚後に自民党を離党したとはいえ、河井夫妻、吉川、秋元と4人も司直の手に落ちたわけだ。

 克行を除く3人は、菅を支える二階が率いる二階派に所属していた。同派所属議員のおよそ17人に1人の割合で「被告」となった計算だ。特に吉川は離党直前まで同派を仕切る事務総長の地位にあった。

 また、克行は菅と衆院当選同期の親密な関係にあった。4人はいずれも菅―二階の主流派につながっていたことになる。

 にもかかわらず、今のところ目立った菅降ろしは起きていない。それもそのはず。深夜会合の松本は副総理兼財務相である麻生太郎の最側近で、大塚は竹下派の中堅・若手のまとめ役だった。田野瀬が所属した石原派には、菅―二階ラインを支える国対委員長の森山裕がいる。

 菅は昨年9月、派閥領袖が立候補した岸田派と石破派を除く5派閥の支援で党総裁の座を射止めた。最大派閥の細田派を除き、菅の支持派閥は軒並み不祥事続きというわけだ。

 細田派にしても、同派出身の前首相・安倍晋三が突然辞任したことで菅政権が誕生したのであり、安倍自身も菅を後継者として支援した。窮地に見える菅だが、党内を見渡せば、まだ安泰という理由がここにある。

政局の予兆

 ところが、自民党を取り巻く空気は次第に変わりつつある。共同通信が毎月実施している世論調査によると、菅政権が発足した昨年9月の自民党の政党支持率は47・8%もあった。

 それが10月以降は45・8%、44・7%、41・5%、41・2%、そして今年2月は36・7%にまで落ちた。菅の首相就任後、一度も上昇したことがない。政権の受け皿になりきれず、いまだ一けた台の支持率に沈む立憲民主党などの野党とは依然、大きな差があるが、「『蓄え』が今後も続く保証はない」(自民党ベテラン)との危機感は強い。

 コロナの感染拡大の影響に加え、不祥事の連続で党内でも不穏な空気が漂い始めている。通常国会が開会した1月18日、二階は記者会見で、衆院北海道2区の候補者擁立を党が断念した理由について「私が聞きたい」と口にした。擁立断念は事前に幹事長である二階にも報告済みだったが、記者会見であえて不満をぶちまけた形だ。

 同じ日、政調会長の下村博文はBS日テレ番組で、菅が長く官房長官を務めていたことを踏まえ、「その手法だけではトップになると難しいというのは、指摘されればそうかもしれない」と言及した。「首相として不適格」との烙印を押したとも受け止められる。

外交では成果

 コロナ、不祥事などでさんざんな菅政権だが、実は外交では着実に成果を挙げつつある。

 2月3日、日英両国の外務、防衛閣僚会合(2プラス2)がテレビ会議方式で行われ、中国を念頭に置いた「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け安全保障分野などでの協力強化を確認した。英国は、すでに今年中に海軍空母「クイーン・エリザベス」を含む空母打撃群を、東アジアを含む地域に展開させることを発表しているが、2プラス2では自衛隊と英軍の共同訓練実施へ調整を進めることも確認した。さながら20世紀の日英同盟「復活」の様相を呈している。

 英国は、日米豪印4カ国の枠組み(クアッド)への参加も検討している。これに先立つ1日には、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への加盟を正式に要請した。欧州連合(EU)を離脱した英国にとって、日本が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」や、クアッド、TPPへの参加こそが、米中対立などで激動する国際社会で生き残るために最善と判断した形だ。

 いずれも菅の前任の安倍が敷いた路線であり、外交が不得手な菅にとっては、安倍の「置き土産」のたまものだ。

 TPPに関して言えば、米国の新大統領のバイデンも参加を否定はしていない。就任直後に温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」への復帰、世界保健機関(WHO)からの脱退通知の撤回など矢継ぎ早に国際社会に「復帰」している。

 そもそもバイデンはオバマ政権の副大統領としてTPPの推進派だった。米国の参加には再交渉が必要となるが、今後バイデンが前向きになる可能性はおおいにある。

 英国が「環太平洋」を超えてTPPに参加すれば、世界の国内総生産(GDP)に占めるTPP参加国の比率は13%から16%となる。さらに世界最大の経済大国・米国が加われば一気に40%近くとなり、まさに世界をリードする枠組みとなる。世界の17%を占め、今後も成長が見込まれる中国と十分渡り合える枠組みともなる。

 こうした成果が日の目を見るためにも、コロナの早期収束が欠かせない。菅はワクチンを「切り札」と位置付け、「速やかに国民に届ける」と意気込む。確かにワクチン接種が順次行われていけば、一定の感染予防策となるだろう。国民に安心感も広がるに違いない。

 しかしワクチンは特効薬とは異なる。しかも朝日新聞が1月に実施した世論調査によれば、「すぐに受けたい」は21%、「しばらく様子を見たい」が70%、「受けたくない」が8%だった。一般的にワクチン接種は一定数の副反応が起こり、コロナも例外ではなく、自民党幹部は「ワクチンへの過剰な期待は禁物だ」と語る。

 こうした課題を抱えた中でのワクチン接種の成否は、日本の政治も大きく左右することになりそうだ。 (敬称略)

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