買収額は約9040億円
「半導体材料の強化と産業再編をJSRと一緒になって実現していく。これから5年後、10年後に日本の半導体産業をどうやって成長させていくかを考えた時に、単独で生き残るのは難しいと思う。生き残るだけでは意味がないというか、海外の大手企業と競争ができる状態にもっていく」
JICキャピタル(JICC)社長CEO(最高経営責任者)の池内省五氏はこう語る。
官民ファンド・産業革新投資機構(JIC)が半導体素材大手JSRの買収を決めた。岸田文雄政権は「新しい資本主義」政策の中で、国内投資の拡大とサプライチェーン(供給網)の強靱化を打ち出しており、経済安全保障上の重要物資と位置付ける半導体のサプライチェーン強化に乗り出した形だ。
JICキャピタルはJICの100%子会社で、今年12月を目途にTOB(株式公開買い付け)を開始。買収額は約9040億円で、TOBが成立すればJSRは上場廃止となる見通し。
JSRは「フォトレジスト(感光剤)」と呼ばれる半導体材料で世界トップシェア企業。その成り立ちは実にユニークだ。
JSRは1957年の「合成ゴム製造事業特別措置法」により、日本初の合成ゴムメーカーとして誕生した。60年代になると合成ゴムの国産化に成功。69年に「日本合成ゴム株式会社に関する臨時措置に関する法律を廃止する法律」が成立し、民間会社になったという特殊な経緯がある。
つまり、今回のTOBによって、JSRは再び、〝国策会社〟に回帰することを意味する。それも今回は、JSR側からJICに話が持ち込まれたものであり、政府主導ではないという。
「昨年11月にJSR経営陣から話があった。JSRは半導体材料産業の市場や国際競争力の変化に対して、非常に強い危機感を持っており、双方のベクトルが一致したということ。われわれが一旦、大株主にはなるものの、将来的には再上場を目指しているので、ご指摘のような国策会社にあたるとは考えていない」(池内氏)
JICが描くのは、JSRに資本を入れることでJSRの財務を支え、JSRが投資を行い、国際的な競争力をつけていく。また、さらなるM&A(合併・買収)を通じて、市場シェアは高いが、規模の小さい日本の電子材料メーカーの業界再編を促す─―というシナリオ。
日本の電子部品メーカーや化学メーカーの中には、市場は小さくてもトップシェアを持つグローバルニッチトップ企業が数多く存在する。JICは今回のJSR買収を機に、今後の業界再編につなげたい考えだ。
「半導体製造には前工程と後工程があり、JSRは両方に強い素材を持っているので、前工程でのプロダクトの再編、前工程と後工程をつないでいく再編など、幅広い選択肢があるのではないか。類似の化学メーカーや周辺の素材メーカー、製造装置メーカーもターゲットの一つになる可能性がある」(池内氏)