2023-03-15

AGC・島村琢哉会長 「ポジションによって待遇、報酬を変える『日本型ジョブ型制度』も一つの道」

島村琢哉・AGC会長




製品価格値上げをどう考えるか?

 ─ 日本社会は「空気」が支配していると言われます。安く作って安く売ることにこだわって、他社が値上げしても我慢してシェアを取ろうという空気があります。これを変えていく必要がありますね。

 島村 ええ。私のインドネシアでの経験からお話すると、当社は現地で建築用パイプの原料となる塩ビを取り扱っています。塩ビ製造にはエチレンを使いますが、エチレンは市況品ですからアップダウンがあります。そこで毎月のようにパイプメーカーと価格の交渉をするんです。

 ある時、メーカーの担当者に「これだけエチレン価格が下がったら、あなた達のパイプの価格も下げなければいけなくなるから大変だね」と言ったことがあります。そうしたら彼は「パイプの価格を一度下げたら、上げるのは難しい。だから、原料価格が下がった時には、自分達は必死に価格維持に取り組むんだ」というんです。

 そうすると、原料が下がった時に、ある程度利益をプールできますから、原料が上がった時には、その分を吸収できるわけです。このように日々、交渉が行われ、価格に弾力性があるんです。

 ─ 日本のパイプメーカーだったら製品価格を下げてしまうところですね。

 島村 確かに、一度価格を下げると中々上がりません。このことは日本の全ての領域で共通することです。

 例えば、米国では為替の影響もありますが、物価上昇により、ラーメン1杯が2000円を超えたり、日本ではリーズナブルな外食チェーン店が高級レストランのような値段になっていたりする。日本も、物価上昇に合わせて給与を上げていくということを、社会の基本にしていかなければ駄目ではないかと思います。

 ─ やはり、日本はこの30年間で3%程度しか従業員の給与を上げられなかったということが大きいんでしょうか。

 島村 そうだと思います。可処分所得は増えませんが、製品の価格が安いことで、何とか生活ができてきたのです。ただ、安い製品を提供している企業の利益は少ない。

 これは卵が先か鶏が先かという話ではありますが、経営者は将来に対して不安を持っているのだと思います。だからこそ、利益が少なくても、確実に売っていく道を選んでいる。

 ─ 日本は雇用に手をつけなかった一方で、非正規雇用が増えています。非正規で働く人達の中には、先々に不安を抱いている人も多い。

 島村 昔であれば、会社に入社すれば終身雇用を提供することで、それを担保にして仕事への熱意や帰属意識を確保するというギブ・アンド・テイクが成立していましたが、今はそうではなくなってしまいました。雇用される方は不安なわけです。

 ─ 今、職務や役割で従業員を評価する「ジョブ型雇用」が議論になっていますが、これまでの日本的な「メンバーシップ型」とは変わってきます。この問題をどう考えますか。

 島村 難しいですね。ただ、若い世代はジョブ型に対して抵抗感がなくなってきています。企業としての魅力がないと、人が集まってこなくなる時代です。

 ─ まだ日本人は能力で賃金を査定されるということに慣れていない感じもあります。

 島村 日本人の難しいところですね。「平等」と「公平」は違いますが、日本人は比較的同じものと捉えてしまう人が多い。

 例えば「平等」はどんな人にも対応を一緒にするのではなく、条件や機会を平等にするものです。例えば昇格にしても、同期を同じように昇格させていくような昔の日本のやり方は間違った平等主義です。今の若者からは、それに対する不満も出てきています。

 解決策としてジョブ型の導入は当然考えられることですし、そこに向かわざるを得ないとは思います。ただ、日本はメンバーシップ型で何十年も勤めている人が、まだまだ多くいますから、そこにジョブ型はなかなか馴染まない。

 米国などは「ジョブディスクリプション」で、その人の権限と責任の領域が明確になっており、そこを逸脱しません。ですから、そのポジションの人をすぐに外し、同じ条件ですぐに入れることができるんです。日本は「育てていく」ことが中心ですから難しいものがあります。

 終身雇用は、ロイヤリティを維持するための良さもありますから、それを認識しながら、ポジションによって報酬や待遇が違うという日本型のジョブ型雇用が一つの道ではないでしょうか。そうしないと、日本のよさが失われますし、労働市場がありませんから人の手当もできなくなります。

 エンゲージメント、つまり会社側と従業員双方の「共感」を強くしていく必要があります。お互いに共感を持ち、同じ目的に向かっていく。その中で、従業員それぞれの役割があるという形です。

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