2023-07-29

【書評】『アダム・スミス「道徳感情論」と「国富論」の世界』

『アダム・スミス─「道徳感情論」と「国富論」の世界』堂目 卓生 著 中公新書 定価968円(税込)

道徳学者アダム・スミスの思想と考察を分かりやすく紹介



 アダム・スミスと言えば、多くの人々から、市場に任せておけばうまく行くという考え方、すなわち市場原理主義の元祖のように思われている。

 確かに市場経済の効用を説き、政府による規制や介入を最小化した方が、その資源配分機能がより良く働き、国が豊かになることを示した人物だ。しかし、彼の本業は経済学者ではなく道徳学者であり、その立場から人と社会の実相をみつめ、そのより良いあり方を追求した思想家である。

 本書はそんなアダム・スミスの思想と考察を分かりやすく紹介してくれると共に、彼が生きた18世紀、すなわち大英帝国が隆盛を極めていく一方で、北米植民地ではアメリカ独立戦争が起きる、という時代的な交錯期において、スミスの思想がどのように発展していったかを歴史投影する立体的構造を持っている。

 まず、スミスの主著、基本思想を提示しているのは、先に書かれた『道徳感情論』(『国富論』はその経済政策応用編的な位置づけ)であることが分かる。

 そこで彼は経済的な豊かさを求める生き方を、それが多くの人々、取り分け庶民にとって、自律と勤勉を促し「衣服足って礼節を知る」ことでまっとうな人生を送る次善の道として紹介している。しかも、それが機能するには市場の公正さや参加者の正直さや共感性、すなわち道徳性が必須となると説いている。

 また、『国富論』においては、国際関係においても国と国が自由で公正な取引、貿易を行うことが相互の富の増大につながることを説き、支配・被支配関係を前提に搾取的な不均衡貿易や徴税で、富を一方が蓄積する弱肉強食的な重商主義を批判している。

 今、世界的に資本主義の曲がり角論が盛んで、我が国でも岸田政権は「新しい資本主義」の方向性を模索している。こういう時代だからこそ、本書を通じて資本主義に関する思想的潮流の源にあるアダム・スミスについて知ることの意義は大きいと思う。

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