2021-09-17

【東大名誉教授】岩井克人さんに聞く グローバル時代の資本主義(パート1)

自由放任主義の米英型 社会契約の伝統を守る欧州型



 ―― 資本主義の危機が叫ばれています。資本主義は万能ではないし、格差などの弊害があることも事実です。改めて、今後の資本主義のあり方をどのように考えていきますか。

 岩井 資本主義と国家とはペアになっています。一方の資本主義の根底には、自由という観念がある。そこで強調されるのは、個人と個人の間の違いです。各人が自分の得意な分野において、自由に自分の目的を追求していくことによって、結果的に社会全体の知識や富が向上していくことが期待されている。だがそれは、必然的に個人間の格差を生み出すことになる。

 他方の国家は、民主主義的な国家であれば、1人1票が原則です。その人の性別や出身や富の大小や地位の高低にかかわらず、成人ならば1票の権利をもつ。その根底には個人の間の平等という観念が置かれている。

 健全な社会とは、この2つがうまくバランスして、初めて維持されることになります。

 資本主義の自由が生み出す格差やさまざまな問題を国家が補正し、国家の平等主義がもたらす硬直性を資本主義が解き放つイノベーションが打破していくことになるわけですね。

 ―― 自由だからこそ格差も生じてくると。

 岩井 ええ。実は、今年は1971年のニクソンショックからちょうど50年の節目の年です。ニクソンショックとは、米国のニクソン大統領が金とドルを切り離し、それまで固定されていた各国間の通貨の交換比率が、為替市場で自由に決定される変動相場制に移行した。いろいろな解釈がありえますが、わたしは現代のグローバル資本主義の出発点が、このニクソンショックだったと考えています。

 ニクソン大統領の経済顧問をしていたのが、20世紀後半の自由放任主義思想のチャンピオンであったミルトン・フリードマン(元シカゴ大学教授)でした。

 それまで国家が固定化してきた通貨の為替レートの決定すら、市場原理に任せることにしたニクソンショックは、その後の世界が自由放任主義によって支配されていくことを示した象徴的な出来事でした。資本主義のグローバル化の引き金が引かれたのです。

 そして、まさにこの資本主義のグローバル化が、20世紀という世紀を支配してきた資本主義と社会主義との対立、そして第二次大戦後の米ソの冷戦に決着をつけてしまった。1989年にベルリンの壁が崩壊し、91年にソ連邦が解体されました。そのことを見越していたフランシス・フクヤマ(米国の政治経済学者)は、壁の崩壊の寸前に、「歴史は終わった」と宣言しました。

 ―― これは岩井さんの認識とも共通するものですね。

 岩井 やはり、ベルリンの壁の崩壊は、歴史的にも、理論的にも、象徴的な出来事だったと思います。ただ、残念ながら、歴史は終わりませんでした。

 社会主義国家の崩壊の後、何が起こったかというと、今度は、資本主義の中における対立が表面化しました。いわゆる資本主義対資本主義という対立です。

一方には、米国や英国型の自由放任主義的な資本主義が急速に台頭してきた。なるべく国家を小さくして、全てを市場に任せるという資本主義が米英を中心に強まった。米国のレーガン元大統領が「国家が問題を解決するのではない。国家それ自体が問題なのだ」と言ったのを、わたしは覚えています。

 一方で、ドイツを中心とした欧州諸国は、国家、さらにそれを支える市民社会の存在を重要視して、資本主義が自由放任主義に行きすぎるのを抑制します。資本主義を否定するのではなく、人々の技能訓練と社会保障を組み合わせたりすることによって、資本主義を市民社会の中に埋め込もうとするのです。また、会社も株主のものではなく、従業員を中心としたステークホルダーのものだという見方が強いです。


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