世界の取引所との「資金争奪戦」
── 世界の取引所との戦いは日本の国力とも連動してきますね。
山道 そうですね。日本が非常に成長してきた頃は、放っておいても世界中から資金が集まったわけですが、今は先進国の一角としてかなり成熟していることも事実です。その中でJPXグループは世界中の取引所と投資資金の争奪戦をしています。
我々の競争力を定義づける要素は、上場している商品、マーケットで取引していただいている投資家の数と幅、そして我々の取引システムがいかに信頼性が高く堅牢であるか、売買時間などの取引制度、規制等のわかりやすさといったことになります。
先程申し上げたように上場企業の質を高めるために市場区分改革、あるいはデリバティブ(金融派生商品)では新商品の上場などに取り組んでいますが、投資家の数と幅を見ると、現物で約65%、デリバティブに至っては約75%が海外投資家です。
ですから海外投資家へのアプローチは非常に重要ですが、同時に現物、先物とも国内投資家の絶対量が、マーケットが大きくなっていく過程で増えなければ比率が下がっていきますから、海外投資家から見ても魅力のないマーケットに見えてしまう。
─ 海外投資家だけに偏ってしまうのではバランスを欠いてしまうと。
山道 はい。マーケットの健全性を保つためには、投資家の多様性が非常に重要です。私は「エコシステム」(生態系)と言っていますが、多様な投資家が自由に売買をするから、マーケットできちんと値段が付いていく。これは現物もデリバティブも同じです。ですから我々は、日本のマーケットを大きくするためにも、国内の個人投資家、機関投資家にアプローチしていきます。
特に個人投資家に関しては、言い古された言葉ではありますが、日本は2000兆円近くに達する個人金融資産の半分が現預金に置かれているという、先進国では非常に珍しい状態になっており、「貯蓄から投資へ」、「貯蓄から資産形成へ」ということで取り組んできています。
その1つの成果がNISA(少額投資非課税制度)の1500万口座、投資残高20兆円です。まだまだこれからですが、かなりの金額になりつつあり、先程の取引所間の争奪戦の中で、日本の個人投資家は非常に重要な質と量の一角を担う形になります。これをもっと大きな流れにしていくのが非常に重要です。
アジア企業は日本での上場に関心
── ところで日本では今、新興企業育成の観点から「SPAC」(特別買収目的会社)の解禁が検討されていますが、どういう考えを持っていますか。
山道 SPACは政府の様々なところで議論になっていますが、我々もベンチャー企業の資金調達や、IPO(新規株式公開)に至るルートの多様化の観点で、関心高く調査しています。
ただ、米国では、これまで累計で約1000本のSPACが上場しており、そのおよそ半数がここ2年で上場されていますが、オランダなどで解禁されている欧州では直近で10本程度しか上場が見込まれていないようです。やはりSPACへの資金流入は、米国マーケットの投資家の層の厚さがあってこそだと言えます。
日本で検討されている他、シンガポールでは解禁が検討されています。また、英ロンドンでは現行制度の見直しが検討されていますが、これらの国々には米国と違って、そこまで分厚い投資家層はありませんから、真似をしようとしてもワークしないのではないか? という懸念はあります。
先程申し上げたように、我々も関心を持って見ていますが、日本に持ってくる時にどうすればいいのかについては、別途いろいろと考える必要があるのではないかと思います。
── コロナで経済成長は足踏みはしていますが、アジアの国々は企業も含めて日本への関心、期待はあると思いますが。
山道 ありますね。東証に上場するアジア発の企業が毎年2、3社はありますし、今後も同じペースで続くくらいのパイプラインがあります。
この3月末にも、台湾発のスタートアップで人工知能(AI)関連事業を手がけるエイピア・グループが東証マザーズに上場をしましたが、上場時の時価総額が約1600億円でした。
日本はアジアにおいて、自由で開かれたマーケットであると同時に、規制環境が安定しており、しかも国内に個人金融資産が約2000兆円あり、機関投資家もいて、活発に売買が行われている。しかも、国の経済規模は世界で3位、アジアで2位という位置にあります。
こういう国は他にありません。中国は経済規模は大きいですが、開かれているとは言えませんから。そうすると、日本で資金調達をしたり、上場をしたいというアジア企業は今後も続いて出てくると思います。
アジアの皆さんも、日本のマーケットで上場する意義を認めているということです。この状況が続いていくためにも、我々としても一生懸命PRをして、さらに市場が活性化するように努力していきたいと思います。
やまじ・ひろみ
1955年3月広島県生まれ。77年京都大学法学部卒業後、野村證券(現・野村ホールディングス)入社。82年米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBA(経営学修士)取得。野村證券専務などを経て、2013年日本取引所グループ(JPX)取締役兼大阪証券取引所(現・大阪取引所)社長、20年JPXグループCOO(最高執行責任者)、21年4月東京証券取引所社長に就任。