2020-12-09

キヤノン・御手洗冨士夫会長兼社長「悲観は感情から生まれ、楽観は意志から生まれる」

御手洗冨士夫・キヤノン会長兼社長

「今、世界に必要なのは、もう1回経済のグローバリゼーションを進めること」とキヤノン会長兼社長の御手洗冨士夫氏─。分断・分裂の政治に終止符を打つべく、米国ではバイデン新政権が2021年1月登場する予定だが、トランプ現大統領の『敗北宣言』拒否の姿勢が国際政治・経済の先行きに不透明感を残す。そして日本もコロナ禍の第3波をどう乗り切り、ポスト・コロナを見据えて、どう“国のカタチ”を整え、産業界もどう構造改革を進めていくか。「会社というのは、時代の流れに沿って、技術革新を起こし常に社会にとって必要な存在」と御手洗氏は語り、「新しいイノベーション(技術革新)を加えて、新しい産業に入っていく」と強調。構造改革を進めていく上で、御手洗氏は「3つの原則がある」として、「1つはサステナビリティ(産業の持続性)があるかどうか」、「もう1つはマーケットの広さ」、そして「今の経営資源を活用できる事業」を挙げる。3番目の原則は、雇用の確保とも絡まる。「当社は創業(1937年)以来、リストラはやったことがありません」という歴史を踏まえての構造改革とは─。

国も企業も『需要』をいかに創り出すか


 混沌とした状況、先行き不透明感の残る中にあって、何とか解決への道筋を見つけていこうという動き。

 米大統領選も、バイデン氏(民主党)が次期大統領の座をほぼ確実にしたが、トランプ現大統領が〝敗北宣言〟を拒否したままで、何かスッキリしない。

 世論は二分され、分断・分裂状況が存在するが、何とか解を求めて新しいステージへ向かおうという空気は根強い。

 経済人もコロナ危機の中を生き抜き、新しい生き方・働き方と共に新しい事業構造を模索。

「複眼思考で物事を考えていく」─。キヤノン会長兼社長の御手洗冨士夫氏はグローバルに事業を展開するポジションから、常にこう語ってきた。

 米大統領選が終わり、日本では菅義偉政権がスタートした。

 国の針路はどうあるべきか?「そうですね、われわれから言えば、もう1回経済のグローバリゼーションを進めていく。このほどRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)ができましたし、ヨーロッパが早くコロナ危機を解決することを願っています。米国は多国間主義へ舵を切ると。バイデン氏は多国間主義と言っていますので、ぜひそれを実行してもらいたい。われわれはそれを期待しています」

 世界的にも分断・分裂が進み、米中対立に加え、自国第一主義を取る米トランプ政権はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)から脱退し、また地球温暖化に関する『パリ協定』からも脱退した。さらには、WTO(世界貿易機関)からの脱退もほのめかし、世界経済に少なからず動揺と影響を与えてきた。

 そしてコロナ危機。感染症対策と経済再生の両立を図るという難しい舵取りの中で、菅内閣はデジタル化政策を掲げる。

「ええ、まず第一に政府のデジタル化をしてもらいたいですね。今回、特別定額給付金とかで個人に資金援助するとか、中小企業への手当てやマスク配布、これらは政策的にはいいとして、実行が遅れましたよね。もたもたしたのは事実。これは行政機関がデジタル対応がなっていないからですよ」

 御手洗氏は、行政のデジタル化を一刻も早く進め、住民とのコミュニケーションを「もっとスムーズに、スピーディにできるようにしてもらいたい」と訴える。

 今回のコロナ危機も日本には第3波は襲来し、その対策も正念場を迎えている。どう危機を乗り越え、ポスト・コロナをどう見据えていくか。

「コロナ関係でどうなったかというと、世界もそうだし、日本も需要がなくなったわけですよ。需要をいかに復活させ、つくり出すのかが1つの大きなテーマになると思います」

 御手洗氏は需要復活、あるいは需要創出が重要な命題と強調。そのためには、気候変動に伴う自然災害の多発などで洪水や堤防決壊が生じている現状から、河川や港湾、道路を含むインフラ整備は不可欠という認識。

 日本は借金大国、財政との絡みはどう考えるのか?

「確かに、政府の借金は多いんだけれども、緊急にこの事態から脱け出るには、政府の思い切った財政投資が必要だと」

 政府(国)はデジタル化を含め、インフラ投資を進め、民間も需要創造へ向けての投資を実行していくときという氏の認識。

 こうした危機対応を含めて、キヤノンは自らの構造変革をどう進めていくのか─。

7―9月期から家庭用印刷機が復調

 コロナ危機は世界経済を直撃。キヤノンも新型コロナ感染症の影響でデジタルカメラと事務機器で苦戦し、2020年4―6月期の連結最終損益は88億円の赤字(米会計基準、前年同期は345億円の黒字)。四半期での最終赤字は同社の歴史で初のことだった。

 7―9月期は着実な回復を見せ、在宅勤務や在宅学習が増えたこともあって、主力のイメージングシステム事業では家庭用プリンターなどが前年同期に比べて21%増加。

 デジタルカメラはスマホの影響を受けてきているが、同社ではフルサイズのミラーレス機種で7月末に新商品『EOS R5』を投入。この新商品投入の効果もあり、レンズ交換式の販売台数(7―9月期)は64万台(前年同期比35%減)で、計画より12万台上振れとなった。

 人々の動きが7―9月期は徐々に活発になり、家庭でのニーズが増えてきたことが分かる。

 商品構成では例えばイメージング部門で、比較的高価格帯のカメラが販売増となり、また生産面では工場稼働率の上昇で利益率が改善された。この結果、2020年12月期は売上高3兆1400億円(前期比13%減)を見込む。従来予想(前期比14%減の3兆800億円)からは600億円の上方修正。

 また、連結純利益は520億円(前期比58%減)になりそうで、これは従来予想(同66%減の430億円)よりは90億円上回る見込みである。

 2020年12月期はこうした動きだが、中長期には事業構造をどう変革していくのか。

イノベーションこそ製造業の『使命』

「会社というのは、時代の流れに沿い、常に社会にとって必要な存在であるわけですね。メーカーの使命は技術革新です。技術革新が起こって、社会がよくなっていくわけですからね」

 御手洗氏は技術革新、つまりイノベーションがメーカーの命綱と強調。

 キヤノンの創業は1937年(昭和12年)。御手洗氏の叔父で医師だった御手洗毅氏が光学製品を事業化しようと創業。

 戦後はカメラに注力、輸出産業として成長。御手洗氏も1966年(昭和41年)、米国市場開拓のため米国で勤務、滞米生活は23年に及ぶ。

 御手洗氏が日本に帰ってきたは1989年(平成元年)で

53歳のとき。米国駐在の最後は、米国キヤノン(CANON USA)の社長を務め、キヤノンブランドの米国での普及に踏ん張った。

 カメラの次の新しい事業として、同社は67年(昭和42年)ファックスやプリンターなど事務機器の領域に進出。オフィスの生産性を上げるために、事務の合理化を図りたいとする産業界のニーズに応えていった。

 そして、70年代以降、コンピューター化が進み、半導体が〝産業のコメ〟といわれる時代になると、半導体製造装置(ステッパー)の製造に進出。

 手がける事業は多様化してきても、その中核となるのは創業以来の光学技術。

「光学技術を磨いてステッパーをつくり、エレクトロニクスや半導体産業界のニーズに対応してきた」と御手洗氏。

 そして、デジタル化の時代を迎え、カメラや複写機をはじめ、手がける製品のデジタル化を進めていった。

「新しいイノベーションを加えて、新しい産業に入っていく

ということを続けてきた同社の歴史。

 創業以来、83年の時が経ったわけだが、この間、試練もあった。0年代半ばにはインターネット革命が起き、経済のヴァーチャル(virtual)化が進み、ネット関連産業が興隆。

 しかし、その反動か、2000年に米国ではネット不況となり、翌01年日本にも不況の波が押し寄せた。

 08年には世界的な金融危機のリーマン・ショックが発生し、キヤノンも打撃を受けた。

 そうした経済全体の大きな変動を経験しながらも、21世紀に入って、テクノロジー(技術)の発展はすさまじく、世はIoT(全ての存在がインターネットにつながる)、AI(人工知能)の時代に突入。

「今までのような、自ら技術を磨いて、新しい技術を加えて、自分でつくっていくというやり方だけでは間に合わなくなった。それでM&A(合併・買収)という手法によって、変身をスピードアップさせるということをやってきたわけです」

M&Aした技術をいかに市場に浸透させていくか

 2016年(平成28年)、約6600億円を投じて医療機械の東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)を買収。また、商業印刷・工業印刷のオセ社(オランダ)を買収(10年)。食品包装やラベル印刷などへの需要は今後ますます増えるという見通しに立ってのM&Aだ。

 また、セキュリティへの需要の高まりから、監視カメラの時代ということで、世界ナンバーワンのアクシス(スウェーデン)を買収(15年)。

 さらに有機ELの製造装置メーカー(現キヤノントッキ)の買収( 07 年)。有機ELは携帯話のディスプレイにも搭載が進み、解像力にすぐれ、省エネにつながるという利点から、旧来の液晶に取って代わる存在。

 要は、こうしたM&Aで手にした技術をどう製品化し、市場に浸透させていくかということ。

 御手洗氏は、M&Aをどのような戦略で進めているのか。

本誌主幹・村田博文

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