2020-12-09

原典之・MS&AD社長「データ活用の損保ビジネスを」

原典之・MS&ADインシュアランスグループホールディングス社長

データを活用したビジネスの展開

 ─ 自然災害、足元のコロナ禍とリスクの多い時代にあって、損害保険会社の社会的使命が問われていると思います。今、損保はデータを活用したビジネスに業務の範囲が広がってきていますね。

 原 ええ。2020年5月に改正保険業法の施行があり、データを分析するビジネスが有償化できるようになったんです。この改正で、お客様から同意を得ることで、お客様のデータを第三者に提供し、利用することが可能になりました。このビジネスが我々の業務範囲に加わりましたから、保険と一緒じゃなくても、そのコンサルティングフィーがいただけるんです。

 ── これまでにはなかったビジネスが手がけられると。例えば、どんなことに取り組んでいますか。

 原 具体的には、車のデジタルタコグラフのメーカーがありますが、その会社が持つ車の急発進・急加速のデータを、例えば運送業者さんにお納めします。

 運送業者さんに所属する運転手さんには、個々に様々な運転特性があります。そのデータと、我々が持つ事故発生、保険金支払いデータを組み合わせて、運送業者さんの事故発生の予測モデルを構築します。それに基づいて安全指導をしていく、ということに取り組もうとしているんです。

 他にも、今は気候変動の問題が言われていますが、気象データと、我々の災害の保険金データを活用することで、企業のサプライチェーンへの影響も含めた、水災の発生モデルを構築しようとしています。このモデルに基づいて、サプライチェーンはどうあるべきかを検討してもらうという狙いです。

 ── これは全産業に応用することが可能ですね。

 原 ええ。サプライチェーンは1次、2次という形で複層的に構築されていますが、あるモデルが構築できれば、一気に対策を取っていただくことができるようになります。

 ── 損保の事業に加えて、コンサルティング的な要素まで入ってきますね。

 原 我々はデータを分析、提供し、グループにMS&ADインターリスク総研というコンサルティング会社がありますので、実際のコンサルは彼らが手掛けるという形で、複合的にサービスを行うことができます。その意味で、データを活用したビジネスは、今後さらに広がっていきます。

 ── まさにソリューションビジネスの展開ということになりますが、関連したアライアンスも考えますか。

 原 アライアンスは今後ますます増えてくると思いますし、そのキーとなるのがデジタル技術だと思います。

 ヘルスケアの世界におけるニーズは非常に強いものがあると思いますし、スマートシティのような世界、あるいはMaaS( Mobility as a service =サービスとしてのモビリティ)などの領域で、アライアンスをどう進めていくかが問われています。

コロナ禍を経た海外事業のあり方

 ─ 改めて、リスクの多い時代になりました。こういう変化の時には損保の知恵が問われていると思います。

 原 まさに時代が変わろうとしている時ですから、そういう時というのは間違いなく新しいリスクが出現してきます。その中で我々としても、そのリスクを軽減する、防ぐ、あるいは実際に顕在化した時に保険を提供する、といった形でビジネスを展開していくということですね。そしてこれを単独ではなく、アライアンスなどを通じたチームで提供していく、「チームビジネス」になってきています。

 ── 海外事業についてお聞きします。グローバル時代と言われながら、米中対立に見られるような分断、分裂、あるいはコロナ禍のようなリスクもあります。これまで御社は海外比率を5割まで高めることを目指してきたと思いますが、今後の展望を聞かせてください。

 原 我々は現在の中期経営計画(2018年度―21年度)の期間中に、国内の損保事業の利益割合と、海外事業と生命保険事業の利益を足したものを5割・5割にしようという基本的な考えを持っていました。

 しかし、足元のコロナウイルスの影響は海外の方が強く出ていますので、この目標は少し先延ばしにせざるを得ないと思っています。ただ、将来のことを考えて、やはり海外事業のウエイトをもっと高めていかなければなりませんから、間違いなくその方向に進んでいきたいと考えています。

 そこで、この1月に海外事業の再編を行いました。従来、アジア、欧州、米州に地域持株会社があったのですが、これを全て廃止し、地域持株会社傘下にあった海外事業会社を原則、三井住友海上の直接出資会社とし、地域持株会社が担っていた機能と権限を集約したんです。

日本の取り組みを海外に横展開

 ── この組織再編の狙いはどこにありますか?

 原 やはり現地法人があり、地域持株会社があり、東京本社がありという複層構造がありましたから、どうしてもスピード感に欠ける部分がありました。そこをスピードアップしていかないと、この環境変化の速い時代にはやっていけません。

 また、事業はグローバルで、地域性を重視すると同時に、地域横断で展開していく必要があります。そういう理由もあり、本社に戦略策定の機能も含めて全て集約しました。そして、「海外事業戦略委員会」を設置し、この委員会に本社、海外の現地法人のチームにも入ってもらい、論議をし、どんな事業を進めていくかを検討します。

 先ほどデジタルの話をしましたが、日本で行っている様々な取り組みを、もっと海外で上手に活用できないだろうか、あるいは、海外拠点で手掛けているデジタルに関する取り組みを、別な形にも使えないだろうか、ということを考えています。

 ── そうした事例は出てきていますか。

 原 例えば、日本で展開しているAI(人工知能)を活用した「不正請求検知ソリューション」というものがあります。例えば、どの時間帯の、どういった事故であれば不正の可能性が高い、といったデータがあります。最も危険度が高いのは夜中の単独事故なんです。

 こうした「これは危ないね」という事例がいくつかあります。過去のデータも使い、それをAIも活用して検知しようという取り組みですが、これを日本だけでなくブラジルにも展開しています。

 他にも、当社が16年に買収したMSアムリンは気候変動リスクに関するソリューションを提供していますが、例えば欧米などで発生している森林火災のリスクにどう備えるかという課題があります。

 これに対して過去の発生歴、気象データ、住宅の分布などに基づいて、郵便番号単位で危険度を分析する、アンダーライティング支援となるツールをデータサイエンティストに開発させました。様々な取り組みが今、動いているところです。

中核損保2社が併存するメリットは?

 ── MS&ADホールディングスは、三井住友海上(MS)とあいおいニッセイ同和(AD)という損保2社が併存する形で進んできました。2社が併存することのメリット、今後の合併への考え方について聞かせてください。

 原 今、お話いただいたように、今後合併の可能性も十分にあるという前提があります。

 日本のマーケットは「コンバインド・レシオ」(保険会社の収益力を端的に表す指標。「損害率」と「事業費率」という2つの数値を合算したもの。数値が少ないほど、その保険会社の事業効率は良く、収益力が高い)が安定しています。

 保険の種類によって多少バラつきはありますが、全般的には今、トップラインを伸ばすと、その分利益が出るマーケットになっています。今年の上半期は他の2メガ損保グループに比べて、我々のグループのトップラインはいい状況です。

 その前2年間も、三井住友海上が1位、あいおいニッセイ同和が2位でしたから、トップラインを伸ばすことができていますし、2社の特長を上手く活かせているのではないかという気がしています。

 ADはトヨタ自動車さん、日本生命さんとの関係、あるいは整備工場に強いといった特長を持っています。トヨタさんと一緒に保険を展開するなど、その関係を上手く活かして営業をしてきたと思います。

 MSの方は「総合化」と言っていますが、幅広い企業とのお付き合いがあります。生保で言えば住友生命さん、大樹生命さんともお付き合いがあり、そうした面も活かしながら事業を進めてきています。

 先程申し上げましたように、トップラインを伸ばすと利益が拡大する今の状況では、2社が併存している効果があります。ただし、元々のモデルは成長と効率化を同時実現しようという狙いがありますので、一方で効率化をさらに進めていかなくてはなりません。

 ─ 2社の効率化に向けては、どんな取り組みを進めていますか。

 原 デジタルトランスフォーメーション(DX)も活用して、業務効率の見直しに取り組んでいます。事務の部分は元々、契約募集、管理を担うオンラインシステムの刷新を進めており、これはMSもADも共に取り組んでいます。

 グループに事務サービス会社がありますから、基本的にはその会社に業務を集約しようと。また、支払い等の部分も「共同損害サービスシステム」を21年から順次リリースしていきます。共同のシステムですから、こうしたものを活用しながら、一緒にできる部分は一緒にして効率化を進めていくことが大切だと思っています。

 そして、将来的にマーケットの状況がさらに厳しくなれば、当然ながら統合もあり得るということで考えています。

 ── ここまでは2社併存の効果を実感していると。

 原 ええ。ようやくうまく回り始めたという実感があります。2010年にグループが発足し、ちょうど10年ですが、最初ADは、あいおい損害保険とニッセイ同和損害保険の合併がありましたから、苦労をしました。

 合併はどうしても人が過重になります。それを効率化しなければならないといった内向きのエネルギーが必要ですから、そういった苦労がありました。しかし、それが一巡し、うまく回り始めたと思っています。

 ─ 改めてコロナ禍は、企業の存在意義を考える機会になっていますね。

 原 そう思います。コロナによって、社会との関わりがますます重要になっていきます。その意味では、最近よく言われる企業のパーパス(目的)、存在意義を考えれば、やはり社会とともに成長していくということが、ますます問われるようになるのではないかと思います。

 ── コロナ禍、多発する自然災害は、個人レベルでリスクを真剣に考える時代になっているということを示していますね。

 原 おっしゃる通りですね。今、防災の観点で「ハザードマップ」の重要性が盛んに言われるようになっていますが、やはり個人でリスクを確認しなければいけない時代になってきたということが言えると思います。

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