2020-12-09

伊達美和子・森トラスト社長「コロナでオフィス事業の構造改革は加速する」

伊達美和子・森トラスト社長

2008年の土地購入から10年以上かけた開発

 ── 今年3月、東京・神谷町で開発してきた「東京ワールドゲート」が完成しましたね。この場所に対する期待を聞かせてください。

 伊達 この土地を購入したのは2008年、ちょうどリーマンショックの時でした。10年以上かかりましたが、この間、都市開発制度上は「総合設計」という一般的手法から「再開発等促進区を定める地区計画」、「都市再生特別地区(国家戦略特区)」へと、数年に1回、方針を変えてきていたんです。

神谷町トラストタワー
森トラストが開発した「神谷町トラストタワー」

 ── この理由は何でしたか。

 伊達 常に「もっと良いものができないか」と、新たなものを計画に取り込んできました。

 一方、特区は当時、ハードルが高いものでした。しかし東日本大震災後の開発として将来に役立つものにしなければならないと、それ以前より強く考えるようになりました。そこで、ある規定の範囲で開発するのではなく、特区で付加価値を高め、地域、社会に貢献できる開発にトライしようと決めました。

 結果、ラグジュアリーホテルの誘致、コミュニケーションができる環境づくり、メディカル施設の誘致などを総合的に組み合わせることで、地域活性化、外国人が居住・滞在しやすい空間づくりというコンセプトまで上り詰めて、完成に至ったのは非常によかったと思っています。

 ── オフィスの大量供給が言われる中での開発でした。

 伊達 ええ。それもあって手続きが長引き、2020年にどうにか竣工できるという計画となりました。しかも大量供給の中でも後発です。企業誘致が非常に難しい時期で、稼働率も低い中で、我々の計画をさらに深めなければなりませんでした。

 そこで骨格は決まっている中で、中身を詰めようと考えました。その一つが国内初進出、マリオットの中でも最も旬で、ライフスタイルとラグジュアリーの両方を兼ね備えた新しいコンセプトのホテルブランド「エディション」の誘致です。これを起爆剤としたいと考えました。 もう一つはオフィスの床のあり方を見直しました。単に「立地がいいですよ」といってお渡しするのではなく、我々としてのコンセプトを持ちました。

 それが「クリエイティブフロア」です。企業の従業員の方々が心地よく、創造性豊かに働くことで、新しい事業や商品を生み出していく。そうした仕事がやりやすい空間づくりをしてもらうために、スケルトンの状態で、床材、デザイン、天井など内装工事をしやすい状態でお渡しするという新しい仕組みを考えたのです。

 ── 企業の働き方が変わっていることを捉えたと。

 伊達 そうですね。結果、数フロアを借りていただくような大手企業の入居が多く決まりましたが、オフィス内では自分の席だけで過ごすのではなく、移動しながらコミュニケーションを取り、そこで何かを生み出したいという気持ちが、企業さんに非常に強くなっています。

 ── ホテルとオフィスエントランスのデザインに、建築家の隈研吾さんを起用していますが、この狙いは?

 伊達 まずホテルですが、マリオットは「エディション」のブランドとしてのあり方に加え、その地域らしさを出したいという考えを持っており、それに基づいてデザイナーを選んで欲しいと言われていました。

 その中で、日本らしさを提案できる建築家は、やはり隈さんだと思ったのです。日本の建築家が、世界のラグジュアリーホテルのデザインができることも証明したいと考えており、ぜひ日本の方に手がけていただきたいという思いがありました。

 また、オフィスエントランスについても、一般的にどうしてもオフィス然としたロビーになりがちなところ、ホテルのロビーのようなラグジュアリーな雰囲気をつくることで、全体の統一感を出したいという気持ちがあり、隈さんにお願いしました。


都心オフィスは今後も有力な選択肢

 ── 改めて、新型コロナウイルス感染拡大は全産業に影響を与えていますが「ウィズコロナ」への考えを聞かせて下さい。

 伊達 残念ながら長期化すると捉えており、「ウィズコロナ」の中で事業を行っていかざるを得ないというのが大前提です。

 コロナで、リモートワークなど、働き方が変わってきていますが、それ自体は元々、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展で、コロナがなくても起こり得ることでした。

 かつ、少子高齢化で働き手が減る中、常に都心オフィスのあり方は考えていかなければならないと捉えていました。だからこそ、自分たちが開発するオフィスはより魅力的である必要があります。立地、ハードもよく、企業のニーズに合ったものを提供することを徹底してきました。

 これは将来起き得るであろうことに対する策でしたが、コロナ禍でオフィス事業における構造変革が加速すると見ています。ただ、都心部のオフィスがゼロになるわけではなく、残りますがユーザーは多様化されます。

 ── オフィスは引き続き必要だけれども、使い方や頻度は変わっていくと。

 伊達 ええ。不動産事業にとって最も怖いのは実は人口減少です。人がいる限りは、どこかでオフィスの床は使われます。

 我々は主に都心に選択と集中をして投資をしていますが、事業者として考えるべきは、使われる場所がどういう条件を備えているかです。

 今、在宅でテレワークする際の快適性が言われます。ただ、条件、環境にもよりますが、ずっと自宅だとイライラすることもあるでしょう(笑)。

 少しカフェなどで気分転換をしたい、その環境が都心に欲しいというニーズも出てくる。そうなると都心で「職住近接」が求められる可能性が生まれます。

 住宅、職住近接のオフィスがあり、近くにレストランやエンターテインメント、文化があると快適ですよね。そうした場所は今後も選ばれるだろうと。

 そして企業からすれば、どこかで集約するヘッドクォーター、企業のアイデンティティを形成し、社員に帰属意識を持ってもらうためのハードとリアルな場所はやはり必要です。最も集まりやすい都心は、今後も選択肢になるだろうと思っています。

 ── 魅力的な要素があれば、今後も選ばれると。

 伊達 そうです。ヘッドクォーターを選ぶにしても、みんなに集まってもらうための魅力がなければなりません。魅力的な立地、開発コンセプト、オフィスを選ぶという流れは今後も変わらないと思います。

 ── コロナ禍ですが、新たなホテルも開業していますね。

 伊達 7月1日に沖縄で「ヒルトン沖縄瀬底リゾート」、7月22日に奈良で「JWマリオット・ホテル奈良」を開業しました。

 私は日本の観光を世界にアピールしていくためには、東京と同時に地方が重要だと考えています。そこで、東京と全国が世界的ホテルでつながる「ラグジュアリー・ディスティネーション・ネットワーク」を作りたいと思っており、それによって日本をプロモーションでき、来日される方が長期滞在、もしくはリピートしてくれると考えています。

 その中で、奈良は海外の方から見た時に、1300年以上の歴史と、文化資源、自然も豊かにある場所で魅力的に映ると見ています。この場所にあるべきレベルのホテルが立地することが重要だと思っています。

 ホテルを開発する際、マーケットニーズが非常に強いから出店するケースと、出店することによってマーケットを創るというケースとがありますが、奈良は創るケースだと思います。

 
観光業は復活できる!

 ── 観光について、今どこに最も注力していますか。

 伊達 足元では沖縄が大きいですね。実は、我々が投資をした頃の沖縄への観光客数は約700万人で、19年には約1000万人となっています。

 そのうち、インバウンド(訪日外国人客)は約200万人、ドメスティック(国内観光客)は約100万人増えています。我々は国内、海外と両方にニーズのある場所を選んでいますが、沖縄は非常にいいんです。

 もう一つ、全国の旅行の消費額を見ると、14年と比較してインバウンドは2・8兆円増加していますが、ドメスティックは3・2兆円増えています。インバウンドの相乗効果として、ドメスティックの旅行が密かなるブームとなっていたのです。

 観光需要は創造するものです。この数年、形になった日本全国の資源・資産は決して無駄になるわけではありません。観光ニーズは国内外にあり、その受け皿を、それぞれが頑張って維持していくことです。時が来た時に商品が提供できるようにさえしていれば、復活できるだろうと思っています。


常に危機に備えた企業体力づくりを

 ── 前3月期は非常に好決算でしたが、今年4―6月期は他の産業と同様、非常に厳しかったですね。

 伊達 ホテルは緊急事態宣言下では営業を休止しましたから、ランニング上は赤字になるわけですが、一方でその間、体質改善を徹底的に進めました。

 2019年段階から計画的に進めていたもので、ホテルの付加価値をどう高めるか、運営体質をさらに改善するにはどうすればいいかを最大のテーマに、1年間かけて検証・研究を続けていたんです。

 それを土台に20年以降の事業を進めようとしていましたが、コロナによって休止を余儀なくされましたので、最後の仕上げをすることにしました。

 6月以降は宣言が解除され、県外への移動も始まりました。従来と比べれば大きな稼働ではありませんが、多少お客様に来ていただけるようになりましたから、キャッシュフロー上は安定しています。

 ホテル事業に関しては、今年は投資回収ができる年ではありませんから、それは考えずに、キャッシュフローを維持しながら、会社としての体力を損なわない運営を目指しています。

 ── 今期、業績の全体感をどう見通していますか。

 伊達 オフィスは昨年から稼働率が非常によくなっています。収益面では「東京ワールドゲート」と、海外では米国での不動産投資が貢献してくれています。東京ワールドゲートの貢献度は来年に向かってさらに上がっていくことを見込んでいます。

 結果的に、20年3月期と同等レベルくらいになるのではないでしょうか。利益率はホテルの分で重くなるので下がりますが、今後数年は同じような水準を保つことができると思っています。

 ── 今を耐えながら次の飛躍に備えるということですね。

 伊達 はい。危機は常に起きるものですから、そうした時に耐えられる企業体力を保つための努力を続けてきました。そして、マーケットは常に変わっていきます。変わっても揺るぎない価値のある場所に、選択と集中での投資を徹底することで、向こう10年、基本的には大きく揺らぐことはないと見ています。

 ── 社長に就任して4年が経ちましたが、会長の森章さんの経営から学んだことは?

 伊達 会長は単年度プラス2、3年、さらに中長期のバランスを見ながら、投資の決断をしていました。そして成長性と持続性を求めると、最後に問われるのは絶妙なバランス感覚です。そのためには多角的に物事を考えることが必要だと実感します。

 ── 祖父である、森ビル創業者の森泰吉郎さんからは、何を学んだと感じますか。

 伊達 日本の近代化に向けて、新橋・虎ノ門エリアを変える、そのために必要な高い建物を開発して成長していくという思いで、50歳を過ぎて大学教授を辞めて起業するというパイオニア精神には感服しています。

 ナンバービルを開発し、米国を参考にして複合開発やインテリジェンスビルの考え方を取り入れるなど常に新しいものを求めている感じがしていました。

 ── 泰吉郎さんとのやり取りで覚えていることは?

 伊達 いつも質問をされるんです。それに対して自分なりに説明するわけですが、そうすると「美和子はずいぶんと論理的に話すんだな」と言われて、子供ながらに嬉しかったことを覚えています。

 常にアンテナを張り、いろいろな人から吸収する姿勢は見習っていきたいと思っています。

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