価格破壊ではなく、普及のための2000円 ─ 0から検査センターを立ち上げていったと。
池田 はい。「皆さんに提供するものであれば、しっかり胸を張って提供できるクオリティーにするべきだ」という考えがあり、まずはグループ社内から検査を始めていきました。
─ 検査キットを大量に用意していましたが、どのように手配したのですか?
池田 孫が3月11日に「PCRをやるぞ」と声を上げたときには社内に詳しい人間がいなかったので、色々なメーカーさんに声を掛け、「どういうやり方があるのか」を聞いていきました。そのうちの1つがタカラバイオでした。
担当の方から「今は鼻咽頭を拭い検体を採取するものですが、唾液で検査ができる試薬を準備している」ということ、それから「唾液検査だと手順が簡易になるので、時間も短縮できて単価も抑えることができる」と聞きました。
その時点ではまだ製品もなく、発売もされていなかったのですが、孫がタカラバイオの方に「毎月100万検査をするから生産を強化してほしい」と口頭で伝え、合意をいただきました。
ただ、すぐに検査数が伸びるわけではないので、われわれの検査実施予想をお伝えして、どのタイミングで発注すればいいかなど、最小単位で発注できるようにもして下さいました。タカラバイオには懇切丁寧に対応してもらい、ビジネスを超えたつながりができました。
─ 感染症関連の製品は流行り廃りがあるので、設備増強をしにくい面があります。そこで、ソフトバンクグループ側もタカラバイオが不利にならないように大量発注し、タカラバイオ側も検査体制に合わせて発注を受けてくれたと。
池田 はい。タカラバイオの方も、量を確保できたので、製造ラインはフル稼働で準備ができたとおっしゃっていました。
─ タカラバイオ社と組んだことは信用につながった?
池田 そうですね。「携帯電話会社のソフトバンクがやるPCR検査って大丈夫なの? 」という疑問もあったかと思います。
ですので、タカラバイオさん、国立国際の皆さんの後ろ盾も本当にありがたかった。国立国際の皆さんには品質を担保する指導を今でもいただいていて、それが医療関係者など多くの方々から「ソフトバンクの唾液検査だったら信頼できる」という評価につながったと思っています。
─ 実費負担の2000円で受けられるということも話題になりました。この値段にした理由は?
池田 孫としては、このままでは日本社会がまわらなくなってしまうことを懸念していました。検査が受けられない状態をなくすためには、安価で高頻度に高品質のPCR検査を受けられるようにする必要があると。その先駆けとして、この会社をつくったところがあります。
その意味でも、自費で2〜3万円払わなければいけない状態を崩したくて2000円の実費負担にこだわりました。
ただ、価格を下げることではなく、検査を普及させることが目的なので、検査業界の価格破壊をしたかったわけではありません。ですので、医療とは関係のない〝スクリーニング〟として検査をするというコンセプトをつくり、ここの値段だけ下げにいきました。
そうすることで、大手検査会社なども現在の業務や価格に影響が出ないため、業界からの強い反発もなく受け入れていただけました。
素人だからできたこと ─ 知らないからこそ、できた面もありますか?
池田 そうですね。わたし自身、この事業に携わって、まだ400日弱です。
携帯電話事業が長かったので、携帯電話関連のまったく新しい取り組みをしようとなったら、できない理由をたくさん思い浮かべてしまいます。
ところが、PCR検査は全部手探りで、いろんなことを吸収しながら進んできたので駄目な理由を準備する時間もなかった。
孫や経営陣の思い、世間の状況を考えると「今やらなければ、いつやるんだ」という思いで、とにかく新しく、2000円以内で、安く、早く、大量に導入できる仕組みを念頭においてやってきました。わたしが素人だったので、どんな無理難題でもやるんだという思いでやってこられたところはあると思います。
スタッフも携帯電話事業の社員ばかりですが「わからないけどやります」という感じでした。それが逆に良かったのかもしれません。
─ 検査を普及させるためにはどうすべきかしか考えなかったと。
池田 そうですね。唾液を入れるケース、そこに不活化する液を加え、それをどうやって、どの業者に依頼して運ぶのかなど1から10まで全部未決定で、決めなければいけないことばかりでした。毎日終電の日々でしたが、目標に向け、世の中のために前進していると思うと、それも苦になりませんでした。
─ 検査の提供先は今、どうなっていますか?
池田 大きく分けると、自治体、スポーツ業界、一般の民間の法人様、個人のお客様です。
自治体では、多くが高齢者施設に関わる感染拡大防止のためのスクリーニングに使われています。介護従事者、不安を感じている入居者向けの検査で、自治体が助成金を準備して、検査は基本的に無料で受けられるかたちで展開されています。
必要に応じて、各ケアセンターなどから申込みをいただき、個別に配送しながら検査するというのが行政との連携です。
また、ソフトバンク子会社のヘルスケアテクノロジーズでは法人や自治体向けにオンライン健康医療相談サービス『HELPO』を提供していて、この検体は誰の唾液で陽性陰性か否かなど結果を通知するサービスを開発したので、そのプラットフォームも活用しています。
スポーツ界向けには、ソフトバンクホークスやB.LEAGUE が最初にスタートして、試合前などに、スタメンの選手、ベンチ入りする選手、関係者などを検査して、陽性の疑いがあれば必要な措置を講じることになります。
それから、一般の法人向けは、ざっくり3つに分けられます。
1つは、ホテルなど接客業を伴う営業の方です。例えば、訪問販売をされる方やアフターサービスでお客様のところに行かれる方です。
2つ目は、コールセンターのような感染が拡大しやすい職場を一斉検査でスクリーニングをして対応する需要です。
最後は、大学などの教育機関向けで、学校に通う学生さん、教員、事務局の方々を検査して、感染拡大を防ぐという使われ方です。
役目を終えたら解散、利益は寄付 ─ ソフトバンクグループが資本金24億円を出して会社を設立し、実務はソフトバンク株式会社のメンバーを中心に取り組むなど、大企業だからできる活動でもあると思います。改めて、ソフトバンクグループのCSRの考え方を聞かせて下さい。
池田 はい。わたしは通信会社ソフトバンクのCSRの責任者もしていますので、多くの皆さまに選んでいただけるキャリアとして、会社の資産を使ってどうすれば世の中の皆さんのお役に立てるか、という意識を強く持っています。
ソフトバンクだけでも2万人近い社員がいて、ソフトバンクグループとなれば、さらに数万人の社員がいます。会社が分かれているとはいえ、人的リソースは大きい。
また、売上げ規模からすると、24億円の出資金を利用できるスケールメリットもあります。
さらに、孫や他の経営陣の「世の中のために何とかせねばいかん」という思いが組み合わさって、今回のような取り組みにつながったと思っています。
─ CSRの部署の要員は今、どれくらいいるのですか?
池田 ソフトバンク株式会社では、専属のスタッフが180人近くいます。感覚的に言えば180人のうち60人が検査センター、70人は地域CSRということで、全国10地域に拠点を置いて、自治体に出入りしながら地域の活動を支援しています。
─ 今回のPCR検査では、利益が出たら寄付にまわすものの、実費は請求して持続可能な形にしています。この仕組みのポイントは?
池田 この会社は役目を終えたら解散し、その時点で仮に利益が出ていたとしたら医療機関などへ寄付する方針です。
株式会社である以上、そこからお金を出すのであれば、株主、関係者の皆さまの理解を得るうえでも、持続可能な形にする責務があると思っています。
赤字覚悟のものになってしまうと、会社の状況などに左右されて止めざるを得ないことも出てきます。持続可能な形であれば支援も続けられるので、東日本大震災以降の活動では、そこを意識して取り組んできました。
これも震災後の経験から学んだことですが、大企業が入ることで価格破壊や社会の構造自体を壊してしまうこともあります。その意味でも、われわれが社会貢献事業を進めるうえでは、社会全体のソーシャルグッドな事業を進めていくことを意識しています。
(聞き手:本誌 北川)
いけだ・まさと1974年7月神奈川県生まれ。97年3月法政大学経営学部卒業後、東京デジタルホン(現・ソフトバンク)入社。営業部門、マーケティング戦略部門を経て、2011年東日本大震災発災時に社内有志で立ち上げた震災支援プロジェクトを経て、東日本大震災復興支援財団の立ち上げに参画。同時にCSR部門の責任者に就任。現在、ソフトバンクCSR本部本部長、SDGs推進室室長、SB新型コロナウイルス検査センター社長。