膜の技術で水素の製造コストを安く
─ 水素については、どう見ていますか?
日覺 わたしは、将来、水素社会になると思っています。
─ それは、いつ頃?
日覺 2030年頃ですかね。そこに向けて、水素関係で相当いろいろなことをやっています。
いわゆる燃料電池の材料になるカーボンペーパーとか、電極機材のGas Diffusion Layer(GDL)といった素材ですね。
それから「Membrane Electrode Assembly(MEA)」という膜・電極接合体があるのですが、燃料電池の核となる素材で、今、ドイツで作っています。
韓国ではカーボンペーパーを増産していますし、ドイツではMEAの新しい工場をつくっています。
それから当社の逆浸透(RO)膜で培った技術をベースに、水素分子のみを選択的に取り出すことができるような孔径をもった膜を開発していて、それによって水素の製造コストが大幅に下がることが期待できます。この膜の開発は今、滋賀の研究所で進めています。
─ その技術では東レが最先端をいっている?
日覺 最先端の部類にいると思います。
ちなみに、MEAという燃料電池の核になる部材のシェアは70%近くあります。
ただ、水素社会の実現に向けては中国が国を挙げてすごく力を入れています。燃料電池車(FCV)も走っていますし、水素ステーションの製造コストにも大きな差があります。
そういう意味では、水素の一番の問題はインフラなので、インフラが一番安く済む定期バスやトラックを韓国・現代自動車は欧米に輸出しており、2030年には50万台を計画しています。
ステーションで水素を満タンに補給すれば、FCVは500キロは走れるので、皆さんEⅤ、EⅤと言いますが、わたしはEⅤではなく、FCVだと思っています。
─ その理由は?
日覺 石炭を燃やして電気を作ってEⅤを走らせるのかという「電気をどう作るか」という問題が1つ。それから、太陽光や風力で電気をつくっても、電気は簡単には運べないし、貯蔵もできない。
それに比べて、水素はタンクに入れて持ち運びできる。
走行距離も長いですし、タンクが空になったら満タンのタンクに入れ替えればいい。
そうした意味からすると、水素の課題はコストだけです。それを東レの膜技術で下げていく。
もう1つの課題は、インフラコストですが、日本は多くの規制があり、ステーションの設置に5億円近く掛かるので最低でも欧米並みのコストで設置できるようにすべきと思います。
抗体医薬でガンは克服できる病に ─ 素材には可能性があるとのことですが、炭素繊維やリチウムイオン電池のように日本発の素材や製品は、これからも出てきそうですか?
日覺 われわれが開発した心房細動を治療する「HotBalloon®」は日本発の製品です。本当に素晴らしい製品で、再発もしないし、手術の成功率も高い。2020年に出したモデルは、かなりの部分を自動化してモニタリングもできるようにしました。
それから、抗体医薬も開発中で、今、実際の患者さんに投与する治験を行っていて、良い結果が出ています。ガンに特異的に発現する抗原を発見し、その抗原を攻撃する抗体を作製したモノで多くのガンに対応できます。
また膵臓ガンでも初期に発見できるDNAチップの開発も続けています。その意味でも、わたしは2020年代にはガンは克服できると思っています。
─ 最後に、東レは世界でどんな会社を目指しますか?
日覺 20年頃に売上高3兆円とする目標を打ち出して、15年3月期に2兆円を超えたのですが、米中貿易摩擦やコロナで今年度は2兆円を割ってしまう見通しです。
ただ、コロナは一過性だし、必要な手は全部打っているので3兆円はすぐに手中に入ると思います。だから30年には5兆円を狙おうと言っています。すると、完全に世界トップの素材企業になります。それがひとつの目標です。
社会貢献、公益資本主義といった日本的経営の一番大事なところは従業員を大事にすることですが、19年にはイギリスがコーポレートガバナンス・コードを改定して従業員を大事にする方針を明確にするなど世界が変わってきていると感じています。
ほんの一部のお金を持っている人だけが富を享受しているのはダメだとわかってきたので、企業も株主第一ではなく、従業員を大事にする日本的経営の方向に早く変わらなければいけないと思います。
にっかく・あきひろ1949年1月兵庫県生まれ。73年3月東京大学大学院工学系研究科産業機械工学修士課程修了後、同年4月東レ入社。
2000年工務第2部長、01年エンジニアリング部門長、02年取締役、04年常務、05年水処理事業本部長、06年専務、
07年副社長となり、エンジニアリング部門・製品安全・品質保証企画室全般担当、水処理・環境事業本部長、生産本部長を兼務、
09年水処理・環境事業本部全般担当、経営企画室長、10年6月社長に就任。