2021-04-16

東レ社長・日覺昭廣の「素材には、社会を本質的に変える力がある!」

日覺昭廣・東レ社長


2050年目標へ向けて東レが『やるべき事』とは

 日覺氏は経営の基本的な考え方として、10 年単位での『長期の展望』、3年単位での『中期の課題』、そして1年以内の『今の問題』の3つの時間軸を〝経営の3本柱〟にあげてきた。

 10年後の世界がどうなっているかを展望し、そのときの東レグループの『あるべき姿』を描き、3年単位で『やるべき事』を設定しようという考え。当然、時代の流れやその時々の環境変化で軌道修正は有り得る。

 ESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGs(国連が定めた持続的発展のための合計17の目標)が、産業界の指標になっているが、同社は2018年7月、『東レグループ・サステナビリティ・ビジョン』を策定。

 この中で特に、地球環境問題や資源・エネルギー問題に貢献する『グリーン・イノベーション事業』と、医療の質向上、医療現場の負担軽減、健康・長寿に貢献する『ライフ・イノベーション事業』をグループ横断プロジェクトとして強力に推進。

 前者の領域では、炭素繊維などの自動車・航空機用軽量材料、風力発電用材料、海水淡水化のための逆浸透膜、そして植物由来のポリエステル繊維といった事業が並ぶ。

 後者の領域では、医薬・医療事業に加え、東レの素材を活用した防護服やDNAチップ、さらには生体情報取得のための高機能繊維素材『Hitoe』などの開発がある。

 2050年に地球温暖化ガス(CO2)の実質排出ゼロ──という日本の目標について、「それはしっかりと議論していくことが大事」と日覺氏は語る。

「もうみんな鉄鋼をやめて、化学製品をやめて、全てをやめるとすれば、ゼロにできるけれども、そういう生活には戻れないわけで、原始時代には、石器時代には戻れない。例えば、炭素繊維を使うことによって飛行機の燃費がよくなるとか、排出がぐんと減るよとか、そういったことをしっかりカウントしていかないと。全体のバランスを考えて、どういう政策を打っていくかが大事だと思います」

 プラスチックや合成繊維などはちゃんとリサイクルを果たしていくとか、生活の仕方も変革していくなどの工夫も不可欠。

「ええ、生活のやり方や、リサイクルのコスト負担を誰が担っていくのかといった議論ですね。結論から言えば、みんなが負担する必要がありますね」。

「素材には、社会を本質的に変える力がある」──。日覺氏は社会課題の解決へ、素材メーカーとしてのソリューションを提供していきたいと強調する。

 例えば自動車の電動化といえば、EV(電気自動車)と水素で電気を起こして動力源にするFCV(燃料電池車)が中軸となりそうだ。これにHV(ハイブリッド。エンジンとモーターの融合)やPHV(プラグインハイブリッド)などが電動車の範ちゅうに入る。

 課題は、例えば水素のコストとインフラ整備だ。

 FCV(燃料電池車)は水素と酸素を反応させて電気エネルギーをつくり、最後は水になるということでCO2を一切出さない。このためFCVは、〝究極のエコカー〟とされるが、一ヶ所の充填拠点作るのに約5億円かかるといわれ、巨額の水素ステーション投資がかかる。

 インフラ整備面で欧米や中国などと比べて、日本は遅れを取っており、一層の努力が必要。「日本の場合はもう規制だらけで、ステーション費用は5億円。欧州は1億円というし、この面でも不利な状況」と日覺氏。

 EV(電気自動車)は走行距離が短いといった課題はあるが、知恵は絞り出せる。

「欧州でも、乗用車の場合、レンジエクステンダーという考えが出てきています。EVもFCVも電気で動くというのは同じ。FCVは水素から電気をつくるし、EVは電池から来る電気そのもので走るわけですからね。だから、僕は将来、EVとFCVのハイブリッド(組み合わせ)はあるなと思っています」

 ともあれ、ソリューション(解決策)の掘り起こしである。

日本発を世界に発信

「日本発の事業、ソリューションを世界に発信していきたい」──。医療領域では、心臓病の不整脈の一種である心房細動の治療法の開発が進む。

 東レはこのカテーテル治療の第1人者といわれる佐竹修太郎医師と提携し、『HotBaloon®』心房細動カテーテルアブレーションシステムという治療法開発に関わった。

 血管内を動くカテーテル先端に付けたバルーン(風船状の器具)を加熱し、その熱でアブレーション、つまり焼灼するというもの。

「本当に素晴らしい治療法です。再発もしないし、成功率も高い。熱で部位を焼き殺すという手法です。この世界で佐竹先生と言ったら、レーシングドライバーみたいな存在」と日覺氏。

 佐竹医師の手法は当初、マニュアルでレーシングカーを運転するみたいなものだったという。

 それは佐竹医師の頭に、バルーンの傾きだとか、バルーン内の液体の温度がどうなっているとかが全部入っているから、難しい治療もできた。現に数年前、フランス人医師に手ほどきしたら、「難しい」という反応だった。

 それで、かなりのプロセスを自動化して、モニタリングできるようにするとか工夫を加えていった。そうやって昨年暮れ、『2020年モデル』を開発。

 このほか、がんを見つけるDNAチップの開発。これは膵臓がんを初期に発見するとして、内外から期待がかかる。

 がんの治療薬としては、抗体医薬の開発がある。

「いわゆるがんに特異的に発現する抗原を見つけたんです。その抗原に対する抗体も発見したので、それで米国のメイヨークリニック、世界中から末期がん患者が集まる総合病院ですが、今ここで治験をやっています」

 日覺氏は、「2020年代には、がんは征服できると思いますね」と語る。

 中長期ビジョンに向かって、地道に突き進むとして、産業構造の比重がモノからソフトに移る中、モノづくりはどう変わるのか?

〝アズ・ア・サービス〟という言葉が喧伝されるように、経済のサービス化・ソフト化が進む。ただ、ハードとソフトの関係でいえば、ソフトだけでは何の役にも立たない」(日覺氏)ということ。

 だとすれば、ハードとソフトを有機的に結合させ、効率よく目的を達成するという氏の考え。それは前述の心房細動の治療法開発でも言えることだ。

「組み立て産業は、今あるいいものを持ってきて組み立てればできる。これはこれでいい。僕は悪いと言っているのではないですよ。だけど、素材産業というのは、これの蓄積された事実がないとモノは出来ないんです。そういった意味では、いっぺん無くしてしまうと、もう元に戻らない」

 素材は1つひとつ地道に開発していくもの。技術を開拓し、それを蓄積するのは人。その人を大事にするという日本的経営で、しっかり地歩を固めていくという日覺氏の信念である。

本誌主幹・村田博文

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