2021-04-17

【特別対談】「東洋文明と西洋文明を理解し、バランスを取ることができる国は日本だ」(前編)

土居征夫・世界のための日本のこころセンター代表理事(右)と尾﨑哲・野村證券顧問

世界のための日本のこころセンター代表理事 土居 征夫(どい・ゆきお)
1941年生まれ。65年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。資源エネルギー庁石炭部長、生活産業局長などを経て退官。商工中金理事などを経て、98年NEC取締役・執行役員常務、04年企業活力研究所理事長、11年城西大学イノベーションセンター所長、大学院特任教授を歴任。現在、武蔵野大学客員教授、日本信号顧問、世界のための日本のこころセンター代表理事を務める。

野村證券顧問 尾﨑 哲(おざき・てつ)
1958年1月長崎県生まれ。82年東京大学経済学部卒業後、野村證券入社。常務、副社長などを経て、16年野村ホールディングス代表執行役グループCOO、18年副会長、19年野村アセットマネジメント会長、21年4月野村證券顧問。また経済同友会幹事として主に教育関連の活動に従事。

コロナ禍が招く文明の転換


 ─ 新型コロナウイルスの感染拡大は、我々の生き方・働き方に大きな影響を与えています。それ以前から日本はこのままでいいのか? という問題意識もあったわけですが、まず土居さん、今回のコロナ禍をどう受け止めていますか。

 土居 コロナ危機で浮き彫りとなったのは、日本の縦社会の弊害です。医療崩壊の恐れも、その観点で捉えることができると思います。組織の壁を越えられず、どうしても自分中心の視点となり、現状を前提とした議論しかできていません。

 こうした閉塞状況になると、かつての明治維新もそうでしたが、その仕組みを壊そうという話になります。また、私は肯定しませんが、昭和の軍部が蜂起し、失敗に終わった「五・一五事件」や「二・二六事件」といった昭和維新もそうした運動であったと言えます。明治維新は成功したが課題を残し、昭和維新は戦争で失敗したが人物が残り復興できた。

 今のままではコロナ危機後の日本は再起できず沈没するのではないか、というくらいの見方をしなければならないのではないでしょうか。

 もう一つ、最近あるヘッドハンターが今、日本で人材を探していても人がいないと嘆いています。実際、日本を代表する企業でもトップに外国人を据える例も増えている。これは日本の社会が育てられなかったという面もあるのだと思います。

 ─ 日本に人材はいないのかという非常に厳しい指摘です。コロナ禍以前から、デジタル革命の中で日本には課題がありました。尾﨑さんの現状認識は?

 尾﨑 今世紀に入った頃には、既に世界は従来のシステムの限界を感じていました。

 日本も平成の30年間で、様々な変化が進まなかったということで、皆忸怩たる思いを持っていたと思います。しかし、コロナによってテクノロジーの革新も飛躍し、歴史的変化が加速しました。

 これまで人類は地球を外部経済にして、成長と物質的な豊かさを求め、特に19世紀以降、国家間で競争してきたわけですが、コロナを機に一気に文明の転換が起きつつあるのではないかという気がしています。

GAFAの背景には「人間力」がある

 
 ─ ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)といった考え方が出てきていることも同じ流れですね。今回、米国でトランプ大統領からバイデン大統領に変わりました。これも世界の変化を象徴しているのでは。

 尾﨑 おそらく、トランプ大統領が出てこなくとも、米国社会の分断は進んでいましたし、バイデン大統領だから問題が解決するというものではないのだと思います。歴史的に見て、トランプ大統領は転換期に出るべくして出てきたのだと思います。

 ─ 米国には「GAFA」が出て、電気自動車のテスラがトヨタ自動車の時価総額の3倍近い存在になる中、日本人の心に焦りみたいなものもあろうかと思いますが。

 尾﨑 日本は明治維新以降、欧米から遅れているという焦燥感の中で追いつけ追い越せでやってきました。

 しかし、ずっとそのモードでやっているうちに、日本が19世紀まで日本なりに育んで、世界的にもさして遅れていなかったシステムを、どこかに見失ってしまったのです。

 それによって19世紀以降の世界の新たなゲームのルールの中で遅れをとってはと感じて、高等人材をグローバル競争に勝つために振り向けてきましたが、やはりそのゲームは日本人にあまり合わないのではないかと。

 民主主義のかたちにしても、欧州は2500年以上の歴史、日本は150年です。遅れているというより、合わないものに自分を無理に近づけようとしているのだと思います。

 ─ 日本は欧米から遅れているのではなく、彼らの築いたシステムに合わないのではないかという指摘ですが、土居さんはどう感じますか。

 土居 その通りだと思います。日本がGAFAに遅れているという議論の中で、デジタル化が必要だといって取り組んでいるわけですが、GAFAにあるのはデジタル技術だけではなく、リベラルアーツにも徹底して取り組んでおり、人間とは何かをわかっている。

 そういう人間力、新たな付加価値を生み出す力を持っています。そのことに、日本は気づけていないのです。

 デジタルの知識だけでなく、深い人間力が必要ですが、これは日本人が持っていたものです。しかし世代を超えるごとに、それが伝わらず、以前に比べてレベルが落ちてしまった。デジタル化で追いつこうと頑張っても、日本の成長力は上がりません。

 ─ 日本人が人間力を強く持っていた時期というと江戸期、明治期でしょうか。

 土居 ピークは幕末ではないかと思います。もちろん、少なからぬ犠牲もありましたが、無血で体制変革をしたというのは世界が驚く話ですし、誇っていいと思います。しかしその後、大正から昭和にかけての時代にはレベルが落ちてしまった。

 今は政府も含めリーダーシップ、人間力に欠けていますから、国民からの憤懣が今後大きくなるでしょう。この人間力という点では、現在の日本は欧米から遅れていると思います。

物質的成長は限界に

 
 ─ 今、米中対立も起き、資本主義のあり方も問われています。中国の国家資本主義が台頭する中、どのように新たな仕組みを作っていけばいいのか。尾﨑さんはどう考えますか。

 尾﨑 大きな課題です。みんな悪気があってやっているわけではないのに、これだけ格差がついてしまうシステムは根が深い。それを資本主義だけの問題かどうかわかりませんが、これまで我々は物資的な成長を求めてきました。しかし、地球のキャパシティにも限界が来るはずです。

 今後は経済的成長と、個々人の幸福が離れていくのではないかと。それがコロナ禍でますます助長された気がします。「成長」と言った時に、何の成長に持っていくかが問われます。ESGの中でも、特にS、つまり社会に対して企業はいかにあるべきか。利益を上げて税金を支払うということだけではなく、家族や社会の構成員でもある社員をSの最重要ターゲットとし、彼らが人として成長し、地球、国を支えていくという社員像があり、彼らとともに企業自身がサステナブルに歩んでいけるか、という点に株主の視点も移っています。

 そして長期的に見れば、その方が株主のリターンにもつながるわけです。それはまさに、「人」を大事にしてきた日本の経営の特徴でもあったと思います。

 ─ 日本に従来あったものを見つめ直していこうということですね。近江商人の「三方よし」など、利他主義的な考え方は元来あったわけですよね。

 尾﨑 そうですね。例えば今、働き方改革の中で「ジョブ型」の問題がありますが、日本で有効かどうかは議論があります。自らの専門性を高めて仕事をしていくのは当然大事ですが、今のあり方は欧米モデルを追っているような感じもします。

 組織は皆が自分の専門分野だけではなく、全体目標を全員で共有し、お互いをバックアップしながら仕事をしていく形が望ましいと考えます。

 そうした仕事ができる会社が社会に貢献し、株主に対するリターンを上げていくことになるのではないかと。それは見た目の数字上の成長だけではないかもしれません。

 ─ 欧米でも株主資本主義からステークホルダー資本主義を重視する動きが出て、世界もその方向に変わりつつありますね。土居さん、世界が変わり、新たな仕組みづくりをする時に「日本のこころ」というテーゼを投げかけていますが、どういう点が有効だと考えていますか。

 土居 確かに今、欧米の学者も物質的な成長は環境との関係で限界に来ているのではないかという議論をしています。

 これに関しては、江戸時代に教訓があります。江戸時代は商業、流通、金融が発展しました。その中でGDPはほぼ横ばいだったのですが、質的な価値が向上したのです。その意味で今の日本はそこから後退しています。量的な成長がなくとも質が上げれば価値は上がりますから経済が回るわけです。

 そこで私は先進国は『足るを知れ』と訴えています。江戸時代は平等社会であったと言われています。もちろん、経済的な問題はありましたが、人間平等観に基づいた学問である「陽明学」もあり、民権という点では平等だった。

 そして経済は、後に渋沢栄一が提唱した「合本主義」がありました。これは今のSDGsやステークホルダー資本主義にもつながる考え方です。

 さらに「ウェルビーイング」もありました。江戸時代の庶民は大人から子どもまで皆笑顔で、海外の人は「世界で一番幸せな民族」と書いてくれたほどです。しかし、こうした質的な豊かさを、今の日本は引き継いでいません。明治以降の近代化の中で忘れてしまった。

後編に続く

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