2021-04-02

三井不動産の「技術系人材」育成戦略 震災や火事など「いざ」に備える

「防災研修室」では実際に火を出して、その熱や煙を体感できる

千葉県・柏の葉キャンパス駅からほど近い場所に、三井不動産は「総合技術アカデミー」を開校した。この狙いは、オフィスビルで起きる機器の故障や、火事や地震などの災害発生時に冷静に対処することができる人材を育成すること。投資額は非公表だが、エレベーターや空調設備など、実際の高層オフィスビルで使用されているのと同じ設備で技術を学ぶことができる。その中身とは─。

「五感」によって技術を習得


「訓練始め! 」─その掛け声を合図に、消火器を抱えた社員が部屋のドアをゆっくり開ける。ゆっくり開けるのは煙の状態を確かめるためだ。部屋の中を確認した後に入室、目標に向かって消火器を噴射した。

 これは三井不動産が千葉県柏市に開設した「三井不動産総合技術アカデミー」での訓練の様子。この施設は2020年1月9日に竣工した、同社グループ社員の研修施設。18年12月に建築工事に着工し、当初は20年4月に開校予定だったが、コロナ禍もあり3カ月遅れの7月に開校に漕ぎ着けた。

 この施設は、延床面積約1351坪あり、地上2階建て。中には実際の高層オフィスビルにあるのと同じ電気設備、空調設備、配管、エレベーターが設置されている。各設備の操作、トラブル対応、火災・地震などの災害発生時の対応などを、座学ではなく「五感によって習得できる」(三井不動産ビルディング本部運営企画部企画グループ長・加藤浩氏)、実践型の研修施設となっている。

 対象となるのは三井不動産の技術系社員、総合職系でビル事業に関係している社員、グループの三井不動産ファシリティーズの管理関係、スタッフ系社員、三井不動産ビルマネジメントのプロパティマネジメント部門の社員の約2000人。さらに今後は商業施設部門の社員も対象に含めていく方針。

 この施設の計画がスタートしたのは17年頃。当時見えていたのは、5年ほど先に三井不動産で複数の大型物件が立ち上がること。そのビルを管理するために、5年で200人の技術系社員を確保する必要があった。同時期に他社の大型物件も相次ぎ竣工するため、人材獲得競争への備えをすることが求められた。

 また、ビル管理に関しては外注が進んでいたが、それが行き過ぎると自社の社員がビル管理の技術、専門知識を得る機会が減り、技能・技術がグループに蓄積できなくなる恐れがあった。

 さらに、今年は11年の東日本大震災から10年が経つが、災害発生などの非常事態への対応力を向上させていく必要があった。それまでも研修や訓練は行っていたが、それはあくまでもシミュレーション。「『いざ』という時に冷静に対応するためには、実際に警報が鳴り、火が出るといった、より実践に近い訓練をすることが必要」(加藤氏)だと考えたのだ。

 この総合技術アカデミーは、これらの課題を解決する目的で開校された。

火の熱さ、煙の流れを実際に体験して…


 訓練は他社も取り組んでいるが、この施設は何が違うのか。例えば、火災の訓練をするという時、消防署などと連携して放水などを行うことはあるが、その際に実際に火を出すことは、ほぼない。

 しかしそれでは、火の熱さや煙の危険性などを体感することはできない。三井不動産もこれまで、この課題に直面していた。例えばビルの解体時に、その現場で火を起こすなど苦心しながら訓練していたが、これはあくまで不定期で、次にいつ実施できるかわからない。「お客様の安全を守るという意味では、自分たちが経験をしていないとイメージができない」(三井不動産ビルディング本部運営企画部企画グループ上級統括・大戸勝氏)

 このアカデミーの防災研修室では実際に火を出して、その熱さ、煙の流れを体感し、消火器やスプリンクラーによる消火を体験することができる。よく、火事の時に煙を吸わないように態勢を低くするように言われる。そのことを、頭で知っているだけでなく、実際の煙の動きを体感することで、説得力を持ってオフィスビルの利用者に伝えることができるようになる。

 また、エレベーターも、災害時には閉じ込め事故が発生している。例えば東日本大震災では複数の物件でエレベーターに閉じ込められる人が続出したが、エレベーター会社も手が回らず、三井不動産の社員は当時、「待つしかなかった」という苦い経験がある。そこで施設に実機を設置して訓練することで、エレベーター会社が到着する前に管理スタッフが救助できる力を身に付けようという思いがあった。

 エレベーターは日立エレベーターの協力で実機を設置。停電や火災時など非常停止時を想定した訓練を行うことができる他、実際に社員が中で閉じ込められる体験をすることで、より助けを待つ人の気持ちに近づくことを目指す。

 この施設は主にビル管理に携わる技術系社員を対象としたものだが、他にも清掃や警備など、建物を維持していくための必要な人材の確保は難しさを増している。三井不動産の加藤氏も「大変苦慮している」と話す。人口減少、さらにはこの分野は「3K業種」とも呼ばれ、避けられることすらあるからだ。

 さらに、この分野で採用されると、すぐに現場に投入され、働きながらの「OJT」になることがほとんど。その意味で、人材獲得にあたっては処遇に加えて、きちんとした研修体系と、その施設がポイントになる可能性がある。加えて、同じ研修を受け、施設で学んだ人材の間で「共通言語」ができることで、他のビルに異動しても役立ててもらうことができる。

 危機にどう備えるか─。ビルの現場を支える社員を育て、その技術伝承していく意味でも、この技術アカデミーが果たす役割は重い。

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