2021-03-29

ライフコーポレーション・岩崎高治の食品スーパー論「危機を生き抜くライフラインとして」

岩崎高治・ライフコーポレーション社長

「お客様のライフラインを支える」というスーパーマーケットとしての使命を大前提に、感染リスクを背負いながら、お客と従業員の関係をどう構築するかという今回のコロナ危機での課題。「何より、お客様と従業員の安心・安全を確保することに心をくだいてきました」とライフコーポレーション社長・岩崎高治氏。来店客にも一定のディスタンスを取ってもらい、入店時のアルコール消毒などで工夫を重ねながら、開店のための努力が続く。今年1月、都内某店の従業員に陽性反応が出て、その店の営業を2週間自粛したところ、店のガラス戸の『早期の回復をお祈りします。感謝しています』などと書かれた張り紙が数枚貼られていた。「本当にうれしいですね」と岩崎氏もその激励に感激。創業者・清水信次氏と出会い、三菱商事から同社入りし、2006年、39歳で社長に就任して15年、今、生き方・働き方改革と併せて、小売業も変革を迫られる。「価格一辺倒の競争ではなく、付加価値の高い経営」を志向する岩崎氏。お客から選ばれる店づくりとは─。

「お客様の利便性」と感染防止のハザマで


「まずコロナ危機で、一番大事にしているのはお客様と従業員の安全と安心で、これを第一にしようと。順番はお客様と従業員と言っているんですが、本当のところでは、従業員が安全で安心でないとお客様の安全安心を担保できないので、まず従業員が先かと思っています。安全と安心の両方だと思います」

 人と人との接触を避けるのが感染症を防ぐための原則だが、日常生活に必要な食材を消費者に提供する使命を果たす上で、お客と従業員の接触の難しさについて、ライフコーポレーション社長・岩崎高治氏はこう語る。

 コロナ感染の危機だからといって、食品スーパー最大手として、閉店はできない。かといって、開店し続ければ、感染リスクは高まる。

 危機管理をどう経営の実践の場に浸透させていくかという命題。台風、水害、地震と自然災害も多発している昨今、このテーマは経営に重くのしかかる。

「昨年、一昨年と東京と大阪で大型の台風に見舞われました。自分たちのスーパーマーケットは皆さんのライフラインを支える大事な存在だから、ああいうときでも営業は続けよう、基本的に続けようと。ただし、その前提は従業員の安全確保が大事だというふうにやったんです」

 ライフコーポレーションは東京などの首都圏と大阪を中心にした近畿圏に合計281店舗を構える。首都圏123店、近畿圏158店と2大都市に店舗が集中。それだけに感染症対策も真剣味を伴う。

 同社の正社員は6600人強。これにパート、アルバイトを含めると約5万人の従業員数に膨れあがる。これだけの従業員数の〝安全と安心〟には相当に神経を使わざるを得ない。

「従業員満足度調査などをやっている中で、安全に配慮するのは分かるけど、安心感についてもっと配慮してほしいという声が結構あがったんです」

 消費者のライフラインを自分たちは担っているという思いは従業員全体で共有。だから、できるだけ店は開き続けるというのも理解し合える。ただ、昨年1月コロナ感染症が日本でも起き、社会全体に先行き不透明感が漂い始めた。

 日々、お客や取引先関係者と接する従業員の間からも、「安心感が得られるようにしてほしい」との声が高まりつつあった。

 昨年の3月末になると、小中学校や高校そして大学まで休校要請が文部科学省から出され、社会全体の緊張感が高まった。第1回の緊急事態宣言が出される直前である。

「あの瞬間にスイッチが入ったというか、これは只事じゃないと思ったので、まず従業員の安全はもちろんだけれども、安心も配慮して、まずこれを第一にしようと。売上は二の次で、まずライフラインを支える。そのためにも従業員の安全と安心をしっかりやる。これを基本に手を打ってきたんです」

『安全と安心』の具体策とは何か?「1500人、2000人規模で直接話をし、本部の幹部たちも現場の声を聞いてきていたので、そういう意味ではブレずに、例えば密を防ぐためにチラシを抜きましょうとか、特売を止めるとかを決めていった」

 通常、チラシは販売促進に不可欠なもの。特売日を設けるのも販促を図るためである。それらを止めるとどうなるのか?

「当然、売上は落ちることが予測されます。だけど、そんなことを言っている場合ではないということで、みんなブレずに対応していった。それも本部は大きな方針だけを出して、それぞれやり方は現場が判断していくし、また判断できました」

 消費者の日常生活に不可欠の食材を提供するために、店舗は開き続けなくてはいけない。同時に感染症を防ぐために必要な手を打たなくてはならない。その手を打つと、売上は減るという矛盾をどう解決していくかという決断である。

 この時の心境について、岩崎氏は、「そうですね。会社が、経営者が、幹部が自分たちのことを心配してくれているということが従業員にしっかり伝わることが大事なのかなと」と語る。

 普段なら、お客にワクワクして買い物をしてもらうためにも、家族連れで来てもらうように対応するのだが、今回は、「1人で来店してください、お子さんを置いてきてください」と要請せざるを得ない現実。

 店員は笑顔で接し、できるだけ長く店舗にいてもらおうという工夫をするはずだが、今回のコロナ禍では、「できるだけ買い物時間を短くしてください」と呼びかけざるを得ない。

「本当は、それらをやりたくないんです。今はこういうことだから、お一人で短く、マスクしてしゃべらずに、ということをお願いして。これが現実なんです」

 感染防止を図りながら、お客への利便性をギリギリの所で追求していく難しさだ。

「いつもありがとう」のお客からの張り紙に……


 不安を感じているのは消費者も同じこと。お客の反応はどうだったか?

 今年1月、東京都内の某店で複数の従業員に陽性反応が出たことが判明。同社は、その店を2週間閉店することを決めた。他の従業員、取引先関係者、そして何よりお客の安全・安心を考えての判断であった。

 この閉店措置は正しいとして、措置を解除したときに、はたしてお客は戻ってくれるのだろうかという不安は同店や同社関係者の心中をよぎったはず。

 少なくとも、2週間という期日の中で、その店にはだれも寄り付かなかった。

 それで、再開する2日前に、同店関係者が準備のために、店舗へ向かうと、ガラス戸に複数の張り紙があった。『いつもおせわになっています。スタッフのみなさんの笑顔まっています!  がんばれ!  ライフ』(原文のまま)──。

 何と、同店スタッフの日頃の営業に感謝し、激励する言葉が書かれているではないか。

 中には、英語で『Wish yourstaff a quick recovery. Thankyou for your service.(スタッフの一刻も早いご回復を!  いつものサービスに感謝しています)』という張り紙もあった。おそらく外国人の常連客なのであろう。

「本当にありがたいです。それが一番うれしいです。従業員も感染のリスクもありながら、仕事をしているんですけれども、何よりありがたいのはそういう言葉です。それが小売業をやっている一番の醍醐味というか、元気になりますよね」と岩崎氏。

 商品を売る側も買う側も、コロナ禍を生きる上では同じ。感染するリスクを常に抱えながら、生活しているのも同じ。

 そういう状況の中で、スーパーマーケット『ライフ』の従業員たちは、「お客様のライフラインを支える」ということで仕事をする。お客の立場からすれば、コロナ禍で買い物ができるということで、従業員とお客の間に一種の運命共同体的な思いが共有されているのであろう。

 現に、今年1月末、大阪のあるお店が建物のオーナーとの契約の関係で閉めざるを得なくなったときのこと。

 学生からの投書に、「ライフ23年間本当にありがとうございました。1年の時から今まで遊んでいる時と時間があいている時、ずっと通っていました。ライフがなくなるのは、ちょっとさみしいけど、本当にありがとうございました」とある。

 また、「いつもていねいな接客で……」という若い女性とおぼしき投書もある。「みんな、涙、涙です」と岩崎氏。

 東京や大阪など大都市にはよくコミュニティ(地域社会)がないといわれたりするが、このスーパーマーケット『ライフ』でのコロナ禍での出来事を見ると、「コミュニティがあります。心と心でつながるコミュニティが」と岩崎氏は語る。

本誌主幹・村田博文

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