2021-03-19

ヒューリック・西浦三郎会長「コロナなどリスクに対応する準備をしておくのが経営者の仕事」

西浦三郎・ヒューリック会長

いかにビジネスモデルを変革し続けるか─。2006年の社長就任以来、西浦氏は不動産ビジネスで新機軸を展開。マンションは手がけず、オフィス、ホテルに集中。「成長性」、「収益性」、「生産性」、「安全性」の4つを高いレベルでバランスさせることを意識してきた。今、コロナ禍という未曾有の危機の中で人とオフィスの関係を洗い直そうとしている。危機管理を伴う〝持続性のある〟経営とは─。

首都直下型地震を見据えた施策


 ── コロナ禍は長期化していますが、西浦さんはデベロッパーの立場でこの感染症をどう見ていますか。

 西浦 リーマン・ショックがあり、東日本大震災があり、そして新型コロナウイルス感染症がありという形で、世の中何があっても「想定外」とは言えなくなりましたね。そのための準備をしておくのが経営ということなのだと思います。

 今ある250~260棟のビルの4割近くは築10年以内の建物で、建築基準法の1・25倍から1・5倍の耐震強度で建てていますが、約100棟を今後10年間で再開発、建て替えを進めようとしています。その背景は、首都直下型地震や南海トラフ地震などが今後30年の間に起きると言われていることがあります。

 ── 今後生じる可能性のあるリスクを予期しながら、計画を立てていくと。

 西浦 ええ。それが経営者の一つの仕事だと思うんです。従来のトレンドで経営をしていくのであれば誰もできるわけですが、これだけ変化の激しい時代、それでは付いていけないのではないでしょうか。

 先程、今後10年で100棟を建て替えるという話をしましたが、実際は工事期間等を考えると6~7年間で100棟を固めなければなりません。もちろん、現状でも建築基準法に則っていますが、建て替え、改修によってマグニチュード8規模の地震があったとしても、大きな痛手を受けない形にしようと。

 大手地質調査会社である応用地質さんにお願いをして、地盤の強度など一つひとつ調査をし、建築基準法の何倍の強度の建物にしよう、といったことを決めていきます。これによって、仮に東日本大震災級の地震が来ても、当社の財務は問題ない状態になると考えています。

 ── 常に先を見て手を打っていくことが大事だということですね。

 西浦 そう考えています。いつも申し上げるのですが、企業経営においては「成長性」、「収益性」、「生産性」、「安全性」の4つを高いレベルでバランスさせることを常に意識しています。足元の決算も大事ですが、10年後など長期を見て手を打つことも大事で、このバランス感を保つことなのだと思います。

 例えば当社は2019年11月に、事業用電力を100%再生可能エネルギー由来にすることを目指す国際イニシアチブ「RE100」に加盟しました。

 現在、目標として「2025年までに再エネ100%」を掲げていますが、おそらく前倒しで達成できるのではないかと考えています。他から電力を買ってくるのではなく太陽光発電、小水力発電などを自社で開発、保有する方針です。

 例えば太陽光発電は埼玉県加須市で稼働を開始していますし、小水力は21年9月に群馬県利根郡で第1号が稼働する予定となっています。

SDGsを意識した様々な取り組み


 ── 環境を意識した経営に取り組んでいると。

 西浦 本社ビルでも環境を意識した取り組みをしています。例えばMIT(マサチューセッツ工科大学)との共同研究で「自然換気システム」や「自然採光システム」を導入しています。

 本社ビル内の売店では使い捨てプラスチック製の飲料容器、ストロー、スプーン、レジ袋等の配布を取りやめ、紙製品への切り替え、従業員へのマイカップ利用の積極的な呼びかけを実施しています。

 利益を出すことはもちろん大事ですが、SDGs(持続可能な開発目標)に沿うレベルの取り組みをしていかなければならないと考えています。

 他にも、経団連が取り組んでいる「1%クラブ」の趣旨に賛同し、経常利益の1%以上を社会貢献活動に支出することに努めています。

 ── 環境だけでなく、スポーツや文化活動の支援にも取り組んでいますね。

 西浦 ええ。例えばパラバドミントンは、日本障がい者バドミントン連盟のオフィシャルゴールドパートナーであり、世界バドミントン連盟公認の国際大会の公式スポンサーを務めている他、パラバドの選手の皆さんが使いやすい形に改修した「ヒューリック西葛西体育館」を10年間、連盟に無償で貸与するなどの支援をしています。

 他にも18年から将棋の「棋聖戦」を特別協賛しており、現在は「ヒューリック杯棋聖戦」という名称で開催しています。

 また、医療・介護は社会問題ですが、当社は老人ホームを約4000室保有している他、介護福祉士を目指す学生を応援するための奨学金を出しています。

 そして、コロナ禍でひとり親世帯の方々が苦しんでおられますが、そうした世帯に対する食品支援等を行っているNPO法人に寄付をしました。

 このNPO法人では、当初約600人の方に食糧支援していたそうですが、コロナ禍で1700人増加したそうです。社員の雇用に手を付けられない分、パートさんなどにシワ寄せがいっているという表れだと思います。

 コロナで貧富の差がさらに広がる恐れがありますが、それは少しでもカバーしていかなければいけませんし、そうしなければ消費が落ちてくる。それは社会全体にとって決していいことではありません。

合言葉は「変革とスピード」


 ── 「生産性」という部分では、ヒューリック本体の社員約200人で1人当たり経常利益4億5000万円という日本の上場企業の中でもトップクラスとなっていますね。

 西浦 社会貢献、SDGsという観点には、当然社員も入っています。給与や働きやすい職場であるかどうか、そして面白い仕事ができるかどうかを意識しています。

 当社は建て替え、投資、PPP( public–private partnership=官民パートナーシップ)案件、REIT(不動産投資信託)など常にビジネスモデルを変えていくことで、若い社員の人たちもいろいろな仕事ができるようにしています。

 そして株主にも報いていく必要があり、20年12月期も第3四半期の段階で発表しましたが増配の方針です。当社は08年の上場以来、増益・増配を継続しています。また、決算発表を早く行い、株主に情報をお伝えすることも心がけています。

 ── 常に経営の変革を意識してきたと。

 西浦 当社の合言葉は「変革とスピード」です。それに則って仕事を進めていこうと考えています。

 ── 上場の年にちょうどリーマン・ショックがあり、11年には東日本大震災もありました。そうした危機乗り切りにはどういう考えで対処してきましたか。

 西浦 厳しい状況が続きましたが、経営者はそういう時にどうするかということだと思うんです。状況が悪くて、ただ業績が悪かったで済むのであれば、誰でもできます。

 ── ヒューリックの前身は旧富士銀行の店舗不動産の管理から出発した日本橋興業でしたが、西浦さんの社長就任時は不良債権を抱えてのスタートでしたね。

 西浦 私が来た当時は当期利益が1億円ありませんでした。それからはあっという間の10数年でしたね。

 ── 企業の変革において大事なのはトップの決意、覚悟ではないかと思います。

 西浦 私がいつも言っているのは、経営者の仕事は大きい方向感を出すこと、そして判断する材料がなかったとしても、決めなければならない時には決めることです。そして、そこで失敗をしたら責任を取る。

 私は元々銀行員ですから、不動産のプロではありません。しかし、現物を自分の目で確かめることは徹底してきましたし、経営という意味では何が大事かということがわかればできる部分があるのかもしれません。

 ── 「つなぐ」というのが今の時代のキーワードだと思いますが、提携に対する考え方を聞かせてください。

 西浦 例えば20年12月にコナミスポーツさん、リソー教育さんと3社で提携し、子ども向けのワンストップサービスの業態開発を進めることを決めました。また、都心型データセンター事業にも取り組むために、東京電力パワーグリッドさん、関電工さんと事業連携の検討を進めています。

 また、不動産業界の今後を見据えて、当社自体のデジタル化に向けた検討を進めている他、介護分野でAI(人工知能)、センサーを活用した見守りサービスを手掛けるベンチャー企業・エコナビスタに出資しています。

 自分たちで全てをやりましょうという時代ではありませんから、このような形で、様々な分野のプロとつながっていく必要があります。

 介護に関して言えば、海外にも目を向けています。まだわずかな金額ですが米国に投資をしているんです。日米では老人ホームの仕組みが違います。日本では今、入居に数千万円単位のお金が必要ですが、米国では入居費はリーズナブルなため、健常な状態で不動産を売って、その資金から引き落とすという形で入居される人が多い。

 ただ、米国で車椅子を使うようになったりすると、一挙に費用が高くなったり、日本では行えない医療行為が行えたりと、違いがあるんです。

 当社は基本的に海外事業はやらないと言っていますが、もしやるとすれば老人ホームではないかと。先進国の高齢化が進むことは間違いありませんから、少しでも何かお手伝いできることはないかと、可能性を探るために研究をしています。

人材育成をどう進める?


 ── 企業を支える「人」の育成についての考え方を聞かせて下さい。

 西浦 当社には優秀な人が来てくれていますから育成の必要はないのかもしれないと思っていますが、「30歳までに資格を2つ取りなさい」と言っています。不動産業ですから宅地建物取引士は基本として、例えば建築で大学院を卒業した人間は1級建築士を取得しています。その資格は役に立つというより、例えばゼネコンさんや設計事務所さんと話をする時に自信になるわけです。

 ── 昨今はコロナ禍でテレワークなどが浸透しつつありますが、人材育成が難しいという声もありますね。

 西浦 そうですね。感染対策は万全のものを取る必要があると考えていますが、確かにテレワークで部下の指導が十分にできるかというと疑問です。

 例えば、100億円の物件を購入する時に、ビデオを見て「よし買おう」となるかというと、やはり現場を見なければいけません。私でも、同じ場所に時間帯を変えて3回行って見ていますから。

 人材を教育する時でも、物件を坪当たりいくらで売買するのかといったノウハウ、交渉術は、やはり実際に先輩の姿を見ながら覚える必要があると思います。これはオンライン、電話で済む時代ではまだないのではないでしょうか。

 先程お話したように、今と将来をバランスさせるという話で言えば、足元では部長や副部長クラスが頑張れば、それなりに数字が出てくるのかもしれませんが、10年後に今の若手が中核になる時に、今教育しておかないといけません。

 ── 人と人のリアルな関係は、やはり大事だと。

 西浦 ええ。宅建の資格を取るために勉強するといったことは自宅でもできますが、お客様との様々なやり取りや、物件の価値というのは、経験しながら覚えていくものだと思います。

 ── 西浦さんが考える、21年のキーワードは何ですか。

 西浦 「危機管理」が非常に重要なキーワードになると思っています。そして、危機管理と同時に、前向きなことも今、準備しておかないといけません。その先の成長を考えておかないと、コロナが終息した時に出遅れてしまう可能性があります。

 その意味でカジとりは非常に難しい。今のコロナは乗り切らなければいけない。同時に、その次をどうしていくかという両面を併せて考えていかなければいけないということです。

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