2021-03-18

「新型コロナの克服は仮説先導型だけではなく、 データ駆動型の対策強化で」自治医科大学・永井良三学長

永井良三・自治医科大学学長・日本医師会COVID―19有識者会議座長

ながい・りょうぞう
1949年生まれ。74年東京大学医学部卒業。2003年東大医学部附属病院長。12年自治医科大学学長に就任、同年東京大学名誉教授。日本科学技術振興機構上席フェロー。20年4月、日本医師会COVID―19有識者会議座長に就任。同年8月から内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室AIアドバイザリボード委員も務める。

パンデミック(世界的大流行)を起こす感染症にどう対応していくか。いろいろな意見や考え方があるが、「日本は仮説主導型の対策をとってきた」として、もっと時代の変化に対応すべく「データ駆動型の対策が必要」と永井氏は訴える。昨年4月に設置された日本医師会COVID―19有識者会議の座長である永井氏に、この間に見えてきた課題やその遠因について聞いた。

クラスター対策と同時に的を絞ったサーベイランスを


 ─ まず当面の新型コロナ対策についての認識と、今後の方向性についてお聞かせ下さい。

 永井 現在は、ワクチンが焦点です。どのように国民に接種をし、どのくらい効果があるか注目されます。同時に、緊急事態宣言解除後に、いかにして再流行を起こさないかが重要です。これまではワクチンのない状況で感染拡大を抑え、経済を回すことが課題でした。そこで中心となった対策が三密回避とマスク着用でした。これは正しかったと思います。ただ感染者の把握には課題があります。難しかったと思うのですが、市中感染を把握するためのPCR検査体制が作られませんでした。

 クラスタ―対策は、初期は機能しました。しかし7月以降は市中に感染が広がってしまいました。そこで日本医師会COVID―19有識者会議やAIアドバイザリー会議で、市中感染を意識したPCR検査の拡大を提言してきました。専門家会議は昨年まで、クラスターからクラスターへ感染が広がるのがコロナ感染症の特徴であり、職場や家庭での感染は自然に治まると説明してきました。しかしこれには異論もありました。たしかに当初はクラスターからクラスターへ拡大するように見えたかもしれない。またクラスター対応は感染対策の基本であり、これからも続けないといけない。しかし市中に感染が広がると、クラスター対応だけでは後追いになります。第三波が拡大したときには、保健所の手が回らなくなっていました。

 仮にクラスター理論が正しいとしても、すべてのクラスタ―は捕捉できないのですから、感染はいずれ広がります。クラスター対応と市中感染対策を並行して進めなければならないのです。昨年5月の緊急事態宣言後に一度流行が治まりましたね。しかしその後、クラスター対策を続けていたけれども、感染は再拡大しました。クラスター対策だけでは、限界があるということです。

 しかしやみくもにPCR検査をするのではなく、対象者を絞ることが大切です。感染率の高い集団や社会活動上、感染すると大きな影響がある人たちは予防的検査が必要です。これまで政府はこの方針を、明確には打ち出してきませんでした。しかし先日の第三次補正予算で、内閣官房や厚生労働省の主導で進めることになりました。とくに今回の緊急事態宣言が解除された自治体について、次の波を予測するための検査を拡大し、ツイッターや人の移動情報も分析するようです。その成果を見守りたいと思います。なお自治体は動きが早く、東京の墨田区や世田谷区、また広島県がPCR検査を拡大してきました。

 もっとも患者数や人の移動の少ない県では、いまでもクラスター対策は有効のようです。

 ─ となると、今後どういう手立てが必要ですか。

 永井 現在のように感染が広がると、市中のサーベイランス(感染状況の継続的な調査)が必要です。最初はPCR検査のキャパシティがないという事情がありました。アメリカや韓国に比べて、30分の1と言われていましたから。今はキャパが増えたのですけれども、民間検査を含めたデータの一元管理や、検査陽性者の捕捉が十分にできていません。検査ができるのなら、民間検査と協同して、対策を立てないといけないでしょう。ただ民間検査は、詳細な情報をもっていません。

 ─ これがバラバラになっているのですね。

 永井 そこに、Go Toキャンペーンが実施されました。Go Toキャンペーンをするのだったら、キャンペーン参加者のチェックや市中サーベイランスを同時に行うことです。データを見ながら「GoアンドStop」キャンペーンとすべきでしょう。

 ─ そのリスク管理ですが、個人ももちろん気をつけなければいけないのですが、リスク管理の要諦をお聞かせください。

 永井 全国一律ではなく、まず感染率の高いハイリスク集団、次いで感染すると社会経済上影響の大きい人たちへのサーベイランス、さらに多様な人々の集まる場所での定点観測がポイントです。そこで8月5日に、日本医師会COVID―19有識者会議から、検査拡大の緊急提言を出しました。

 ─ リスク管理、サーベイランスを徹底するということですね。

 永井 そうです。基本をしっかり行うことです。

 ─ 基本ができていないというのは、危機管理ができていないということでしょうか。

 永井 サーベイランスや予防措置は、すぐに成果が出るわけではありません。確実でないことに対して、行政や学者は必ずしも熱心ではないように思います。

データ駆動型の対策が必要


 ─ さきほどの緊急提言ではPCR検査を増やすべきだと言ったのですね。

 永井 これは以前から、指摘されていました。その他に、受診前に検査を受けられる検査体制や、社会経済活動上必要な市民に対して、公費を投入して「コロナ検診」を行う、陽性者は行政検査を受けることを提言しました。偽陽性は再検査で確認できます。なおPCRや抗原検査は精度管理が必要です。

 ─ もっと検査を徹底していくということですね。これはなぜできないのでしょうか。

 永井 当初は、PCR検査の余裕がありませんでした。そのため発症した患者さんや、濃厚接触者などのクラスター対応のためにしか検査できなかったのです。また、クラスター対応で流行を抑止できるという理論があり、両者が共鳴したと思います。そこにGoToキャンペーンが始まり、専門家はクラスター対策の強化で乗り切ろうとしました。異なる立場の方針が共鳴すると転換は難しく、クラスター理論を軸とする仮説先導型の対策になったのでしょう。

 ─ 仮説先導型。自分たちが考える理論で主導していくということですね。

 永井 もっともクラスター対応は感染症対策の基本です。しかしすべてのクラスターを捕捉することはできませんから、並行して市中の感染状況を把握しながら進めるデータ駆動型対策が必要です。両者は検査の対象が違いますし、発想も異なります。

 ─ 二者択一ではいけないということですね。変化に合わせて改善していけばいいわけですね。

 永井 はい。この辺が実はコロナ対策だけではなくて、日本が歴史的に苦手なところですね。

 最近よく無形資産について耳にします。まさにデータやシステムのことを言っているわけです。モノづくりは重要ですが、ものを作ると同時に、その「社会的意味」を、データから明らかにする。しかも迅速に差別化しないといけない。モノづくりには技術と経験が必要ですが、社会のなかで意味を見つけるのも、技術と経験です。

 医薬品開発でも、ファイザー社などの海外ビッグファーマはこのことにいち早く気づいて、1980年頃から大規模臨床試験で新規医薬品の意味を見出し、世界の市場を席捲しました。その結果生まれた巨大な利益をワクチンなどのバイオ医薬品に投資して、そこでまた独占する。まさにバリューチェーンを展開しています。そのために企業の吸収合併を繰り返してきました。まずは社会における製品の意味を見出すことが重要で、その意識が足りなかったことが、「失われた30年」の原因だったと思います。

「失われた30年」から得た教訓


 ─ 社会全体の意識として、一度決め込んだらそこにずっと固執するというやり方ではいけないということですね。

 永井 そうですね。仮説も「一点突破・全面展開」に賭けがちです。多様な意見を集約せずに、仲間うちで議論するからでしょう。

 ─ 結局、「失われた30年」というのは、そこに敗因があるということですね。

 永井 日本の近代史にはそうした例が沢山あります。原発の安全神話はその代表です。理論は重要ですが、複雑な現実を見ながら理論を修正していくことが大切です。そのための意識改革や体制づくりが重要で、大学や行政も変わる必要があります。今回のコロナパンデミックは情報戦です。日本もデジタル革命を進めようとしていますが、コロナ禍の経験から多くのヒントを得ることができます。

 ─ 自分たちに間違いはないんだという変な思い込みからの脱却が必要ですね。レジリエンスという言葉が最近キーワードですけれども、弾力性がない、柔軟性がない。啓発する意見があるのに、それを聞く耳を持たないということですね。

 永井 戦後の日本は、まだ世界が混乱の中にあるときに、それまでに培ってきた技術とアメリカの保護によって発展できたわけです。

 ─ 米国が主導する世界の下で日本は成長したのだと。

 永井 それが1989年、冷戦が終わると、一気に世界は情報化しました。もっともすでに始まっていた情報革命により、冷戦が終わったといえるかもしれません。日本は世界の構造変化に対応しきれないまま来てしまったように思います。

「気まぐれな運命の女神」に翻弄されないために


 ─ バブル崩壊から30年。この間、GDPを見ても変化はないし、日本は低迷していると言われてきました。日本の産業のあり方を根本から見つめ直すことも大事で、日本になぜGAFAが誕生しないのかという課題と重なってきます。

 永井 人生は、定められた運命Destinyに従うだけでなく、気まぐれな運命Fortuneと戦わなければなりません。研究開発も、必然的な世界を追求するだけでなく、地上の運不運に立ち向かう姿勢が重要です。「財界」の読者はお判りのことと思いますが、Fortuneの語源は運命の女神フォルトゥナです。ルネサンス以来、この女神をいかにほほえませることができるか、という思想が重要とされてきました。

 ─ これは突き詰めて言いますと、自分たちの知らない世界。そことどう戦うか。

 永井 法則性のわかっていることはそれに従えばよいのです。しかし人間を翻弄する気まぐれな世界をどう理解して対応するか。法則性のわからない不運に巻き込まれずに、いかに幸運を招くかという問題です。これを支配するのがフォルトゥナですが、GAFAが躍進した背景には、まさに個人が自立して運命に立ち向かうという人生観や世界観があります。

 ─ だから、危機管理学も発達してくるんですね。

 永井 そうです。自立した生き方は近代西欧のテーマでした。不確実な世界では、データに基づく推測が大事になります。「必然性を追求しながら、偶然性を制御する」ということです。後者は、日本の社会全体に弱いと思います。

 ─ 思い込みですか。

 永井 背景の異なる人たちが協力して確率を高めるよりも、個人で努力して、悟りに至ろうとする傾向があるのではないでしょうか。

 ─ それは、仏教や神道、儒教の影響もありますか。

 永井 それらを統合した武士道の影響が強いと思います。武士道は日本の近代化の精神的支柱になりましたが、「一個人としての技芸、武勇、的確な判断や意地」が重視されます。女神フォルトゥナの気まぐれに翻弄されながら、独断や意地を貫いて思考を停止させるのではなく、新しい情報化時代にどう適合するのか、日本は問われていると思います。

 ─ データに基づいてどう問題を解決していくということが大事ですね。興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

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