2021-03-15

日本の危機管理に不備はないか? 与野党の政治家に求められる緊張感

イラスト:山田紳

菅内閣の支持率は下げ止まる傾向を見せている。新型コロナウイルスの感染が下火になっているのが主因で、ワクチン接種が始まったことも首相の菅義偉にとっては追い風だ。一方で、ワクチン接種が順調に進まなければ政権を直撃しかねず、菅の長男が勤務する東北新社による接待問題も影を落とす。株価は30年ぶりに3万円の大台を超えたものの、実体経済と乖離した動きとみる向きもある。菅にとっては綱渡りの政権運営が続く。

自信取り戻した菅

「どうも最近の菅さんは自信を持ち始めたようだな。記者会見も国会答弁も相変わらずパッとしないが、それでも内閣支持率は下げ止まった。自分のスタイルはこのままで良いと思い始めているんじゃないか」──。自民党議員は菅の心象風景をそう解説した。

 確かに内閣支持率は下げ止まりの傾向が顕著で、一部では上昇に転じた。朝日新聞が2月13、14日に行った全国世論調査では、菅内閣の支持率は34%(前回1月は33%)で横ばいだった。不支持率は43%(同45%)で、依然として支持を上回っているものの、好転の兆しが見えるものだった。

 毎日新聞が同14日に行った調査も、支持率は38%で前回1月の33%から5㌽上昇した。不支持率は51%で、前回57%から6㌽下がった。昨年9月の政権発足時に64%あった内閣支持率は下落を続けていたが、初めて上昇に転じた。

 いずれの調査でも共通するのは、新型コロナ対策への評価だ。朝日調査では「評価しない」が56%(同63%)で「評価する」の31%(同25%)を大きく上回っているものの、「評価する」が増加に転じた。毎日調査でも同様で、「評価する」は23%と低いものの、前回の15%より8㌽増加。「評価しない」は51%(同66%)だった。

 立憲民主党議員は「緊急事態宣言の効果で感染者数は目に見えて減ってきている。これが好感を持たれているのだろう。ワクチン接種が始まったことも良い評価につながっているのではないか」と推測する。

 1月時点の菅の評価は厳しいものだった。記者会見は自分の言葉で語れず原稿を読むばかり。国会答弁も同様でまったく精彩を欠いていた。

 菅も工夫をして記者会見では原稿を映写するプロンプターを使い、国会では原稿に目を落とさず自らの言葉で語り始めている。ただ、以前と同様に中身には乏しい。それでも内閣支持率が下げ止まったのは、ひとえに新型コロナ感染者数の減少に負うところが大きいのだろう。

 菅の思いとしては、国民に対して丁寧に説明を行うことで、自らの緊張感を保つ──。菅なりに冷静に状況を見極めていると言える。

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4月解散はあるか?

 菅が自信を持ち始めているとすれば、誘惑に駆られるのが4月の衆院解散・総選挙だろう。

 4月25日には衆院北海道2区と参院長野選挙区の補選と参院広島選挙区の再選挙が行われる。衆院北海道2区では、自民党は候補者の擁立を見送ることを決めており、不戦敗となる。参院長野選挙区も立憲民主党優位で、議席を奪うのは難しいだろう。参院広島は自民党が勝てる可能性はあるものの、ここで勝っても自民党の戦績は1勝2敗と負け越す恐れが高い。

 自民党議員は「最悪3敗になることだってあり得る。3敗になれば菅の責任問題になりかねない。そうさせないためには、衆院解散・総選挙に踏み切ればいい」と語る。

 新型コロナの感染者数は減少傾向にあり、首都圏以外は2月末で緊急事態宣言が解除される見通しだ。3月7日には首都圏でも解除される現実味を増している。

 菅側近は「新型コロナの状況は4月にはだいぶ改善しているだろう。東京都の1日の感染者数が100人台であれば、十分に選挙戦に出る条件は整ったと言えるのではないか。4月を逃すと他にタイミングはなかなかなく、10月21日の任期満了に限りなく近い『追い込まれ選挙』になってしまう。総理が勝負に出る可能性は十分にある」と語る。

 衆院解散・総選挙となれば、北海道2区補選の日程は衆院選に合わせることになるが、参院長野・広島の2選挙は4月25日に行われる。この日程に衆院選をもってくることができれば、菅にとっては不利な戦況を覆い隠すこともできるわけだ。

 そのためには、来年度予算案を何としても年度内に成立させ、遅くとも4月頭には解散できる状況を整えなければならない。

 菅に解散のフリーハンドを持たせるためにも、自民党国対としては同予算の年度内成立は至上命題となる。「菅政権の屋台骨は幹事長の二階(俊博)と国対委員長の森山(裕)の2人だ。森山にとっては腕の見せどころだな」と自民党ベテラン議員は語る。

不安要素も

 政権浮揚の条件は徐々に整いつつあるようだが、不安要因も依然として多い。一つはワクチン接種だろう。これまでのところ順調に進みつつあるようだが、思うように進まなければ政権の評価を直撃しかねない。

 菅の長男が勤務する放送事業会社「東北新社」が、総務省幹部を接待していた問題も影を落とす。

 総務省及び同省OBは13人が延べ39回接待を受けていた。山田真貴子内閣広報官は総務審議官時代に1回の食事代で7万4000円余りの接待を受けており、現職の総務官僚ではないが、国会で答弁する羽目に追い込まれた。

 1990年代には銀行が大蔵省(現財務省)官僚を「ノーパンしゃぶしゃぶ」で接待する事件が発覚し、大蔵省と銀行が地盤沈下する一因となったが、総務省と放送事業者の同様の癒着を指摘する声も出始めている。

 放送事業各社にとって、総務省が決める電波使用料や周波数の割り当てなどは経営に直結する重要な事項だ。ある放送関係者は「渉外担当者にとって総務官僚と接点を持つことは非常に重要な業務だ。そこから重要な情報がもたらされることもあるからね」と語る。

 別の放送事業者は「さすがにノーパンしゃぶしゃぶのようなことはないけど、結果的にこちらが出していることはある」と語る。総務官僚への放送事業者の接待が常態化しているのであれば由々しき事態だ。菅は総務相の経験者で、今も総務省の人事などに強い影響力を持つ。接待が常態化しているのであれば、こうした体質を変えていかねばならない。

 本来そうした立場にあるのが菅だが、菅の長男が接待の先頭に立っていたというのが、この問題のより深刻な本質だろう。

 菅は衆院予算委員会の審議で「長男が関係し、結果として公務員が(国家公務員)倫理法に違反する行為をすることになった。心からおわび申し上げ、大変申し訳なく思う」と謝罪したが、だとすれば長男を放送事業者から引き上げさせるのが先決ではないか。そもそも行政経験のない長男を20歳代の若さで総務相秘書官という公務員にしたのは菅自身だ。こうした公私混同が厳しく問われていることを菅は認識するべきだろう。

 今夏に予定される東京オリンピック・パラリンピックも菅にとっては頭痛の種だ。政権としては予定通り実施する姿勢で、観客数の上限や海外からの観客の取り扱いは春までに決定するとしている。だが、海外からの観客を受け入れるとなると、一気に世論が反発する恐れがある。

 政府は選手について、出国前72時間以内の検査での陰性などを条件に、入国後14日間の隔離を免除する特例を適用する方針だ。海外からの観客についても、行動管理アプリの使用などを条件に同様の特例を検討しているが、選手村に滞在する選手と違い、観客を管理するのは極めて困難だ。

 感染抑止を優先すれば海外からの観客は断らざるを得ないが、経済的な観点から見るとインバウンドが期待できない五輪の存在意義は無意味となる。観光業者からの支援が厚い二階は海外客を入れるよう求めており、感染抑止か経済かの問題がここでもクローズアップされるのは必至だ。

「Go To キャンペーンのように二階に押し切られると、菅はまた痛い目を見ることになるのではないか。党内基盤を優先するのか、国民の安全を第一に考えるのか、菅にとっても正念場だ」と長老議員は語る。

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見えぬ経済の先行き

 一方で、経済対策が待ったなしであることも間違いない。そんな中で東証の日経平均が3万円を超えたという奇妙な現象が起きた。3万円台は1990年のバブル期以来30年ぶりだ。

 菅は衆院予算委で「3万円は目標の目標の、また目標だった。そういう意味で感慨深いものがある」とコメントを発し、さらには「株価は低いよりも高い方がいいに決まっている。国民の年金の運用などで大きな成果を上げている」などと喜んで見せたが、驚くよりほかない。

 昨年の実質国内総生産(GDP)は4・8%減と、リーマン・ショック以来の大幅なマイナス成長だった。今年1~3月期もマイナスになるとの予測が大勢だ。

 そもそも株価が高騰しているのは、日銀の大規模な金融緩和などで巨額資金が株式市場に流入したためだろう。景気の実態以上に株価を押し上げる「カネ余り相場」である。

 さらに、日銀が上場投資信託(ETF)を約35兆円も買い入れていることで支えられている「官製相場」という側面もある。「日本の民間企業の国有化が進んでいる。日本は社会主義国だな」と揶揄されるゆえんだ。

 コロナ禍の今、各国の財政出動や金融政策による巨額の「緩和マネー」が株価を押し上げているのが実態で、喜んでいる場合ではないというほかない。

 一方で、菅は2050年のカーボンニュートラルを目指すなど、産業構造の転換を図る施策も打ち出しつつある。環境技術が主戦場という菅の認識は間違っていない。ただ、2050年の発電電力量に占める再生可能エネルギーの割合を最大60%にするのは難題だ。そうした真剣な議論を国会ですべきだろう。

 今のところコロナ感染者数は減少しつつあるが、医療現場は逼迫している。公立病院同士の連携がとれておらず、民間病院の対応を含めて「日本の危機管理を構築すべきだ」(財界人)という声は多い。

 日本の経済・産業構造に加え、危機管理についても先回りして見通していくリーダーが今の時代ほど求められているときはない。(敬称略)

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