2021-03-02

ジャフコグループ・豊貴伸一の「投資哲学」「起業家の思いの強さ、生き様に投資する」

豊貴伸一・ジャフコグループ社長

「目利き力は永遠の課題。そして今は一番面白く、一番難しいタイミング」と話す豊貴氏。日本のベンチャーキャピタルの草分け的存在だが、2020年に社名を「ジャフコグループ」に変えた。かつての危機でもそうだったが、コロナ禍の中でも産業人の“タマゴ”は育っており、そうした起業家の力を見極め、投資していく方針だ。

デジタル革命で変わるベンチャー投資


「コロナ禍は大きな転換点。危機的状況だが、ポジティブに捉えている」と話すのは、ジャフコグループ社長の豊貴(ふうき)伸一氏。

 世界的な資金余剰が続き、2008年のリーマンショックから10年以上が経つ中、豊貴氏は「いろいろな意味でピークアウトするタイミングではないか」と見ていた。そこに降って湧いたのがコロナ。

 リーマン後にIPO(新規株式公開)マーケットが半年間動かなくなるという事態を目の当たりにした経験から、豊貴氏は最初の緊急事態宣言の際にはIPOなど投資の出口が閉ざされること、そしてリアルでの面談が困難になったことから新規投資が難しくなると見ていた。

 だが、「予想とは真逆の結果になった」と豊貴氏。3月、4月には18社の上場が延期、取り下げになったものの、その後は東証マザーズ市場を中心にIPO銘柄が人気化。新規投資に関する面談も、米国は完全リモート、日本・アジアでも重要なタイミングを除きリモートで実施できた。

 今は投資後のフォローやIPOに向けた交渉、投資先の成長に向けた取り組み、さらにはバックオフィスの業務に至るまでリモート対応ができている。

 豊貴氏は1990年代半ばから始まった「デジタル革命の助走期間」が終わり、本格化していく流れの中でコロナ禍が起きたと捉えており、デジタル革命を加速させていると見ている。

 コロナ禍の中で、ジャフコが投資している起業家の意識はどうなっているのか?「かつての金融危機の後は起業や調達額が減少していたが、今は過去を振り返っても、日本でこれだけ起業カルチャーが定着してきた時はないのではないか」と豊貴氏。

 今は以前にも増して、トップ層の学生で起業を選択する人や、大企業を飛び出して起業をする人が増えているという実感があるという。

 しかも、コロナ禍で起業が減少しておらず、資金の循環も止まっていない。「かつての危機とは全く違う現象が起きている」(豊貴氏)

 起業に関してもデジタル化の影響は大きい。1990年代の日本では、事業の立ち上げに10年、20年かかることも多かった。そのためベンチャー企業は資本の調達が難しく、銀行からの融資で資金を賄っていた。また、いま以上に既存産業の参入障壁が高く、ニッチな分野から始めざるを得なかったのだ。

 だが今は、かつて10年かけて調達していた、あるいはそれ以上の金額を2、3年で調達することが可能になり、スピードがあればベンチャー企業でも短期間で市場を獲りに行くことができる。しかも、1人の起業家が「裸一貫」で始めるのではなく、専門分野を持った優秀層が集まった経営チームが初期から構築されるようになった。

問われる「目利き力」


 こうした時代の変化の中で、日本のベンチャーキャピタル(VC)の草分けであるジャフコも自らのあり方を変えてきた。かつては年間100社、200社に平均1億円ほどを投資するというスタイルだったが、今は投資先を厳選、20社程度に絞って1社に5億円ほどを投じるという形になっている。

 この理由を豊貴氏は「かつては中堅企業、事業が軌道に乗り始めた『グロース』段階で投資をすることが多かったが、今は設立1、2年の『シード』、『アーリー』段階の企業への投資が8~9割になっている。起業家と一緒にリスクを取り、課題に寄り添っていくことを考えると、そこまで多くの企業に投資はできないと考えた」と話す。

 ジャフコ自身も投資家から資金を預かる身。投資先を選別する「目利き力」はこれまで以上に求められる。「これは永遠の課題。そして今は一番面白く、一番難しいタイミングだと見ている」(豊貴氏)

 前述のような中堅企業、グロース段階では過去の実績を見ながら投資ができたが、今の投資先には決算書が3期分ないケースもある。そうなると起業家の思いの強さ、生き様、やり抜く力といった「人」の部分を、主観的に見て投資判断をする必要がある。

 当然、全ての投資がうまくいくわけではないが、投資金額が上がり、株式の保有比率が高い分、投資先への影響度が上がり、他社との提携や事業譲渡といった次善の策が打ちやすくなるという効果も出ている。

 最近でジャフコの投資先で成功事例と言えそうなのは、クラウド会計で時価総額2000億円を超えたマネーフォワード、ユーチューバー支援という新たなジャンルを切り開いたUUUMといった企業が挙げられる。

 また、ジャフコは18年から「会社組織型」から、「パートナーシップ型」に体制を変更。6人のパートナーが投資の意思決定を担う形に変えた。パートナーは個人出資もする。「企業と一心同体でやっていくためには、我々も強い意志を持っていなければならない」と豊貴氏。

 足元ではデジタルトランスフォーメーション(DX)関連、脱炭素関連に着目しているが、そこに限らずデジタル革命で新産業が生まれ、業界の垣根がなくなる可能性に注目している。そのため「従来型の産業でも事業の立ち上げ方、切り口でオンリーワンの企業が出てくる素地も大きい。業界など先入観を持たない方がいいと考えている」。

 かつてで言えば、カジュアル衣料を変えた「ユニクロ」のファーストリテイリング、今であればデザイン家電製品のバルミューダなどはその例と言える。

 また、世界のVCが失敗を繰り返し、難しい分野とされる脱炭素関連、さらにバイオ関連も、デジタル革命でどう流れが変わるかは未知数だけに、先入観を持たずに見ていく方針。

若手起業家が持つイメージを変える


 近年は事業会社が自社に関連した分野の企業に投資する「コーポレートベンチャーキャピタル」や、ネットを通じて広く個人から応援資金を集める「クラウドファンディング」などが注目を集めている。こうした存在とはどう対していくのか。

「広義ではお互いにリスクマネーを供給している。個別には競争することもあるかもしれないが、リスクを取って新産業の創出を後押しするという意味では協調の方が大きい」

 未上場領域に参入する企業も出てきている。野村ホールディングスは「パブリックからプライベートへ」という戦略を掲げ、1月14日にはスパークス・グループと提携し、未上場企業に投資する上場投資法人と、資産運用会社を設立すべく動き始めた。

「VCのマーケットの枠を大きくする動きだと見ている。野村さんはグロース中心で考えていると推測しているが、この分野は数十億から数百億円の調達になってくる。ここも協調できると考えている」

 20年10月1日、ジャフコは社名を「ジャフコグループ」に変更した。この理由は、ベンチャー投資の他にバイアウト投資、インキュベーション投資を手掛けていること、アジア、米国といった地域で独自の展開をするグループ会社を持っていることから、その実体を表現する意味を込めている。

 ブランドを見つめ直す機会でもあった。今、若い起業家が増えているが、彼らの中には「ジャフコは大きな組織で敷居が高く、なかなか投資をしてくれないんじゃないか」、「腰が重いんじゃないか」と思っている人もいる。

 しかし、「先程お話したようにシード、アーリーステージへの投資が8~9割を超えており、実際接した方は『ジャフコって意外といいよ』と言ってくださる。この印象のミスマッチを解消する狙いもあった」と豊貴氏。オウンドメディアを立ち上げて、投資先の起業家の声を発信しているのも、その一環。

 豊貴氏は1961年11月鹿児島県出水市生まれ。85年早稲田大学法学部卒業後、日本合同ファイナンス(現・ジャフコ)入社。ジャフコとの出会いは偶然。友人から誘われてジャフコの採用セミナーに“数合わせ”で参加したのがきっかけ。

 そこで登壇した起業家の話に魅力を感じたこと、その場でジャフコの担当者に「うちを受けないか? 」と誘われたことで入社を決めた。

 豊貴氏自身、これまでの歩みの中で幾多の危機を経験したが「どん底の状況もあったが、その中から起業家が出てきて産業が起きていく様子を見てきた。今回の危機も大変な状況だが、新たなきっかけにしていきたいと思っている」

「あくまでも主役は企業、経営者で、我々は“黒衣”の役割」という基本姿勢、ベンチャー企業の「共同創業者」という意識で、危機の中から立ち上がる有望起業家を発掘していく。

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