2021-02-26

日本総研 翁百合理事長に聞く【感染拡大防止と経済の両立をどう図るべきか── 】「シングルマザー、非正規の男性など、家族のあり方が多様化、新たな社会保障制度を」

翁百合・日本総合研究所理事長

「日本の場合、若い人に対しては、所得再分配があまりうまくいっていい現実があります」と語る日本総研理事長の翁百合氏。世代間の格差という問題に加え、今回のコロナ禍で大きなダメージを受けているのはシングルマザーや非正規で働く人々と言うことも露わになり、それらの人々をどう支援するかという問題が浮上している。社会構造が変わる中、本当に困っている人々を救うための社会保障が必要だと訴える。
※翁氏の記事を掲載している『財界3月10日号』(発売中)の表紙で、翁氏の名前に誤りがありました。読者の方、関係者の方々にご迷惑をお掛けしたことをお詫びし、訂正させていただきます。


医療のデジタル化で
危機対応の迅速化を

 ─ 日本総研理事長として、コロナ禍の影響をどう見ていますか?
 翁 リーマンショックと比べますと、宿泊、外食、観光関連が大変大きな影響を受けているため、非正規社員の方など、特に女性が強い影響を受けています。第一波の影響から少し戻って来たところでの今回の第三波なので、さらなる打撃を受けていると認識しております。

 ─ 今回の第三波でどれくらい失業者は増えていますか?
 翁 12月の完全失業者は194万人で前年同月比49万人増加しています。その後の緊急事態宣言の影響による失業者の数はもう少し経たないとわからないのですが、潜在的な失業者は増えていて、それがまだ顕在化していないということかと思っています。

 ─ 厳しい状況ですが、経済再生と感染症防止の両立をどう図ればいいのでしょうか。
 翁 命を守るのが最優先ですので、緊急事態宣言を発出してまずは医療崩壊を防ぐことを最優先するということだと思います。すでに病院で受け入れきれなくなり、自宅療養される方も多くなりました。その意味でも、本当に医療はスレスレの状況で推移していますので、当面は補償をきちんと手当てしながら飲食店の時間短縮を求めるなど、できるだけ早く感染を抑えることが最優先ということかと思います。
 それから、ワクチンです。効果のエビデンスが最終的に出ていないので2月中旬からの接種になっているわけですが、ワクチンをできるだけ早く、多くの方に接種していただくことが、今は大事と思っております。

 ─ 翁さんの専門テーマは社会保障ですが、社会保障費の多くを医療と介護が占める中、社会保障のあるべき姿をどう考えていくべきですか?
 翁 今回のコロナ禍で医療制度がいかに大事かということが、よくわかったと思います。国民皆保険を守りつつ、持続可能な形、かつ緊急時には、もっと機動的に対応できる態勢をしっかり作っていくことが、これから非常に大事なことだと思います。

 ─ 危機管理という観点で考えていく必要がありますね。
 翁 そうです。例えばドイツを見てみますと、病床数は人口あたりでみると日本のほうが多いのですが、ドイツはICUの数が6倍以上多く、ICUを担当できる専門医も日本の7倍ぐらいの対応力があります。だから非常にうまくいったということです。スウェーデンでは、公立病院がコロナ対応に集中し、民間病院など病院間の連携も図られ、ICUも倍増したとのことです。
 ドイツでは平常時はICUが多いのは無駄ではないかとの批判もあったようです。ただ、危機にはすぐに対応できる態勢をとっておくことが、医療のリスクシナリオとして非常に大事だとい
うことがわかりました。

 ─ やはり平時からの備えが大事ということですね。
 翁 そうですね。ドイツの例をみると、ドイツは春の時点でフランスからもイタリアからもICUの患者を受け入れました。
 これは、ICUの設備があったり、ICUに対応できる医師が多いなどハードとソフト両面で重症患者に対応できたことに加え、どこの病院のICUが空いているかなどの情報をリアルタイムで把握できるようになっていたので、患者をすぐに入れられるなど機動的な対応が取れました。 その意味で、やはりIT化が重要ということが言えます。
 日本では今、保健所の方が一所懸命仕事をされていますが、多くを電話とファックスでやっています。
 それが、例えばパルスオキシメーターを貸与して、自宅療養者の数値が全部リモートで確認できれば、医師や保健所の仕事もだいぶ違うと思います。
 また、病床の確保も、保健所の方は電話で調整をしていますが、リアルタイムで空いているところがわかれば、労力をかけず、機動的に対応できます。


本当に困っている人たちへの
社会保障を

 ─ 若年層への配分については、だいぶコンセンサスが得られていると言えますか?
 翁 今回、全世代型社会保障会議で、年収200万円以上の後期高齢者は2割負担が打ち出されましたが、だんだんそういう方向になってきていると思います。
 もしかしたら来年の出生数は70万人台になるかもしれないと言われていますが、これだけ少子化が深刻化してくると、不妊治療や待機児童、男性育休の問題にもしっかり取り組まなければいけません。
 厳しい時代でも、希望のある社会を作っていくことが非常に大事で、その意味でも若者支援は重要なことだと思います。

 ─ 菅首相が就任時に発信した自助、共助、公助。これについては、どう考えますか?
 翁 一般的な考え方として、自助、共助、公助という考え方はよくわかります。
 どの概念も大事で、まず自分自身がしっかり自立できるようにやっていくということ。
 それから、支え合い。例えばクラウドファンディングやNPOなど、デジタル社会だからこそ、しっかり地域やコミュニティで支え合っていくと。災害が起こると、今、クラウドファンディングが素早く立ち上がってすぐに資金が集まります。そういった価値観を大切にする。
 そして、セーフティネット、公助も大変大事です。特に今、シングルマザーを中心に貧困が広がっていると見ています。
 「選択する未来2・0」懇談会の中間報告でも、これからの公助について提言しました。
 今までの社会保障政策は、男性が正社員で奥さんは専業主婦かパートに出て、こどもが2人というような家族を標準家族として念頭に置いてきました。そうした標準家族においては失業保険や医療保険など、いろいろな社会保障制度が充実しているわけです。
 けれども、今、家族のカタチは多様化していて、シングルマザーなども増えてきています。非正規の方は男性も増えていますし、未婚率も上がっています。
 ところが、そうした人たちに対する公助があまり整っていないのが現状です。

 一回貧困に落ちてしまうと、そこから抜け出すためのサポートが非常に薄いと感じています。
 また、高齢者は所得再分配をした後は、比較的格差が是正される傾向にあるのですが、日本の場合、若い人に対しては、所得再分配があまりうまくいっていない現実があります。
 特に今、大きな影響を受けているシングルマザーの方などに対しては自助を先に言うよりは、とにかく格差が大きく広がらないように自立のための支援の手を差し伸べることが必要です。
 本当に真に困っている人、真に大変な人に対しては、社会保障を見直して、そういう方たちに支援が行き届くような社会保障にしていくことが必要だと思っています。

セルフメディケーションの重要性

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