2021-02-26

日本総研 翁百合理事長に聞く【感染拡大防止と経済の両立をどう図るべきか── 】「シングルマザー、非正規の男性など、家族のあり方が多様化、新たな社会保障制度を」

翁百合・日本総合研究所理事長


モノづくりの強さと
AIでイノベーションを

 ─ 日本企業の競争力についてですが、世界の時価総額トップ10を見てもわかるように、世界から遅れを取っている現実があります。この現状をどう捉えていますか?
 翁 おっしゃる通り、厳しい状況に置かれていると思っています。まずは、日本企業はしっかり稼ぐ力をつけて、企業価値向上に向けて投資をしていく。有形資産への投資も大事ですが、特に今後は無形資産への投資をしっかりしていかないと、ますます差がついてしまうと危惧しています。
 もちろんGAFAなどにも独占などの様々な課題がありますが、世界をリードしているのは確かです。日本も先進国で比べると、IT投資の額は遜色がないのですが、それが成長、ビジネスモデル改変に結び付いておらず、維持のための投資になってしまう傾向があります。
 GAFAを見ても、新しいビジネスモデルの創出が成長につながっています。DXも本当に危機感を持って、知恵を絞って競争力強化につなげなければいけない状況になっています。

 ─ キーワードは〝危機感〟ですか?
 翁 どの企業も今、コロナで危機感はあります。けれども、このコロナ危機の中でもアメリカの企業はものすごく事業を伸ばしています。
 これはコロナ禍によってIT系、デジタルが急速に活用されることになったことも大きいのではないかと思います。
 今はイノベーションの時代ですから、いかに環境変化を先取りして本業で稼いでいくか。そこをしっかり磨き上げていくことが問われていると思います。

 ─ はやぶさ2には、中小企業の技術がたくさん使われています。そう考えると、まだまだ挽回はできますね。
 翁 そうですね。良いアイデアに集中してやっていけば、日本は力を発揮できると思います。
 実際、モノづくりでは力があります。東京大学の松尾豊先生が「モノづくり×AI」の重要性についてよく言及されていますが、AIも全体としては米中などに負けてしまっていますが、モノづくりとAIをうまく組み合わせていけば世界にはない強さを発揮できる可能性があると。
 強みであるモノづくりとAIを組み合わせて、新しいビジネスモデルを展開していけば、新たな価値を生み出せる可能性があると思います。

 ─ そう考えると、提携も大事になってきますね。
 翁 そうですね。前から言われていることですが、オープンイノベーションが大事ですし。人材を育成することがとても大事になっていくと思います。
 今はオンラインでいろいろ学べるようになっていますから、地方の企業も東京に来なくてもオンラインでディープラーニングの技術を習得するなど、いろいろな学びの機会があるはずです。そういう形も含めてしっかりと人材を育成していく。それとデジタル化を一緒に進めていくことが大事なことだと思います。


子育てや介護も
リモートワークで両立できる

 ─ 人材育成の話が出ましたが、終身雇用制度の中でメンバーシップ型できた日本企業も今、ジョブ型への移行を進めています。ジョブ型の働き方を今後、どう成長戦略につなげていくべきですか?
 翁 ジョブ型正社員も働き方の選択肢の1つで、力のある人はジョブ型で勝負していきたいという人も多いです。
 特にICTやAIなどで社会実装の専門性を有するような方は、専門性を生かしながら柔軟な働き方ができるという意味で、ジョブ型を望んでいます。
 ただ、日本企業の多くが、今までの年功序列を捨て切れていません。もちろん年功序列が組織の安定には寄与していた部分もあったと思います。
 ただ、若者の所得を上げていく、多様性を大事にして女性や若者、いろんな人が関わることで、対応力や創造性、イノベーションを磨き、企業の力を発揮できる部分は大きいと思います。
 大企業で、40代、50代までずっと同じ仕事を続けるのではなく、副業や兼業を通じて、そうした世代の方々にも活性化していただいて、年功序列の考え方や硬直的な組織を変えていくことが、今、必要になっていると思います。
 特にコロナ禍は、そうした変化の必要性を顕在化させていると思います。

 ─ 働き方と同時にオフィスのあり方も変わりました。日本総研でも働き方は変化しましたか?
 翁 はい。部署や仕事によって出社率はことなりますが、シンクタンク部門の出社率は今、低いです。デスクもフリーアドレス化する予定ですし、電話も固定電話を止めて、すべてアイフォーンにしたので、どこにいても必要な人に電話がつながる環境になっています。
 会社に来なくても、Teamsというソフトで会社にいるのと同じように会議をしています。アフターコロナでも働き方は大きく元には戻らないでしょう。

 ─ それでまったく支障はないと。
 翁 はい。ほぼありません。40代、50代の方たちは、ようやくこういうことに対応できるようになったと。満員電車で出社しなくても良いので、リモートワークへの喜びも大きい。

 一方で、若い人たちには閉塞感もあるようです。オンザジョブトレーニングの機会が少なくなっているからです。
 そう考えると、すべての人にとってハッピーかというとそうではないと。ですから、やはり工夫が必要で、メンタルな面のフォローや、リアルの良さを組み合わせていくことが大事だなと感じています。

 ─ リモートにはない対面の重要性もありますね。
 翁 ありますね。一方で、リモートワークは、子育て中の女性や介護をしている男性には非常にありがたい働き方です。
 高齢化の時代になると、ライフサイクルの中で、男女ともに必ず家庭の中のことで時間が必要な時期があります。
 そういう人たちが長く勤められるための良い手段として、リモートワークは優れた人材を活用することにも寄与すると思います。


日本総研理事長
翁 百合
Okina Yuri
おきな・ゆり
1960年東京都生まれ。京都大学博士(経済学)。82年慶應義塾
大学経済学部卒業、84年同大学院経営管理研究科修士課程
修了後、日本銀行勤務。日本総合研究所に移り、主席研究員など
を経て18年から現職。この間、慶應義塾大学特別招聘教授、規
制改革会議委員、未来投資会議構造改革徹底推進会合「医療・
健康・介護」会長、全世代型社会保障検討会議構成員などを歴
任。現在、金融審議会委員、産業構造審議会委員、内閣府「選択
する未来2.0」懇談会座長などを兼任。著書に『金融危機とプルー
デンス政策』日本経済新聞出版社など。

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