2021-03-07

【東京大学第30代総長・五神真氏が6年間を総括】世界規模で課題が山積する今、「『知の協創の世界拠点』として、今こそ大学の出番」

五神 真 東京大学第30代総長

今年3月で6年間の任期を終える東京大学第30代総長の五神真氏。有力企業との産学連携、大学債の発行など、“知識集約型社会”の中心的存在として、東大を「変化を駆動する場」に変えている。総長就任後の2015年10月に発表した「東京大学ビジョン2020」を掲げて以来、五神氏は「今こそ、大学の出番」と改革を訴え続けた。その思いとは─。


日本は、時代の変化に
乗り切れていない

 ─ 大学運営も大きな影響を受けていますが、コロナ危機の見解から聞かせて下さい。

 五神 新型コロナウイルス感染症は、一昔前ならば、ある地域の風土病で終わったものかもしれません。それが瞬く間に全世界にまん延したのは、人間の活動がいかに世界規模になっているかということを示していると思います。

 温暖化も産業革命以降、人の活動が拡大し続けたことによるものです。人の活動が地球全体の生態系や気候に影響を与えるようになった時代を〝Anthropocene(人新世)〟と呼びますが、人間が自分自身をどうマネージしていくかについて、コロナでも温暖化でも大きくクローズアップされたということだと思います。

 昨年12月に韓国SKグループの財団と共催したTokyo Forum2020では、2030年までに二酸化炭素を半減しなければ、人類が自らの手で地球環境を制御することは不可能になってしまうとの警告が発されました。環境問題は漠然とした未来の話ではなく、いますぐに行動しなければ取り返しがつかなくなる切羽詰まった話になっているのです。今、世界中の投資資金の流れも、そちらに大きく舵を切っています。

 その中で、GAFAはカーボンニュートラルを奇貨として、さらに主導権を強めようとしているようにも見えます。アップルは自社製品のカーボンニュートラル化を打ち出しています。これ自体は正しいステートメントです。しかし、それを達成するために実際に努力するのは日本を含む各国の部品メーカーです。その努力の成果を最終製品メーカーだけがかすめ取るような構図になってしまうのは、フェアではありません。こうした状況下で、日本が主導権を握るシナリオがあるのか。それが大きな課題なのです。

 今、デジタルトランスフォーメーションが社会変革の原動力になっています。その舞台はインターネットに象徴されるサイバー空間です。その中で、経済的な価値、つまりお金の動くところが形あるものから無形のものに移っているのです。これは、資本主義そのものの大きな転換です。日本はこの変化にうまく乗り切れていないのです。

 世界ではデジタルトランスフォーメーションによって、知識・情報・サービスで新たな価値が次々生まれています。そのような価値を生み出す場として、大学の潜在力は非常に魅力です。

 ─ 変革の時代だからこそ、大学の果たす役割も大きいと。

 五神 はい。確固とした産業構造があって、それに合う人を育てて社会に送り出せばよかった〝リニアモデル〟の時代は終わりました。急激な変化の中、社会全体をあらゆる世代の人たちが同時に動いて変えていかなければならない時代になっています。

 大学の役割も、18歳の人を22歳まで育てて社会に送り出すだけではなく、すべての人たちが集まり、全世代同時の変化を促す場にならなければいけません。その中で、若い人々が育つのです。「知の協創の世界拠点」として、今こそ大学の出番だということです。

 日本は社会全体がその転換に乗り遅れているので、東大が「変化を駆動する場」になりうる、なる責任があると考えました。これが、わたしが総長になってビジョンとして掲げたことなのです。

 当初、社会、特に経済界からは、大学が率先して変化を駆動するというこの考えはいくらなんでも「大風呂敷過ぎる」という声もありました。しかし最近では、「社会を変えるとしたら大学からしかない」「経済、社会をチェンジするために他ではできない行動をいろいろしている」との評価をいただけるようになりました。

 ダイキン工業や日立、ソフトバンクなどの企業との組織対組織の連携。あるいは日本の半導体産業が最先端チップの製造から撤退してしまった状況で、東大が率先して台湾のTSMCと連携して、日本の半導体関連企業がTSMCと連携できるようにゲートウェイを作ることや、量子コンピュータの実用を視野に入れた研究開発を行えるように、東大がIBMと組んでそれに備えるといった取り組みがその具体例です。

 しかし、日本の経済社会を見たときに、最も停滞を象徴しているのは資金循環です。つまり、アベノミクスで金融緩和など積極的な手を打ってお金は確かにできたものの、未来のために何に投資すべきかが見えない。千数百兆円という個人資産、数百兆円の企業が留保している資金があっても、それが未来に備えた投資資金として動いていない。

 その中で、資金循環を起こすようなトリガーをかけて社会を変える必要があると考えました。そのきっかけとして出てきたのが、ソーシャルボンドの発行です。

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