2021-03-07

【東京大学第30代総長・五神真氏が6年間を総括】世界規模で課題が山積する今、「『知の協創の世界拠点』として、今こそ大学の出番」

五神 真 東京大学第30代総長


資金循環へ、大学債の発行

 ─ 国立大学が発行する大学債として注目されました。

 五神 はい。200億円の起債です。この200億円は、東京大学が東大全体の信用で発行し、若手研究者への支援や新しい学問を生み出すための未来への先行投資資金を市場から調達したいということです。6・3倍の応募があり、一瞬にして売り切れました。

 ─ 大変な人気だったと。

 五神 はい。人気が高ければ利率も低くなるので、低金利の環境の中で、非常に良い条件で40年債という長期の債券を発行することができました。

 お金が動くことで市場に刺激を与えられたと思うので、本格的に社会変革を駆動し始めたと言えるところまで来ています。

 このタイミングで資金調達ができたことも極めて重要です。

 大学は今、コロナ対策をしながらオンラインを使って、何とか教育研究を行っているわけですが、大学の施設はすべて三密前提の仕様になっています。そこに投資をして、コロナ禍においても活用しうるものにしなければいけません。まさに先行投資の資金が必要で、自由度の高い資金を今得ることができたことは、タイムリーだったのです。

 一方、欧米の大学は市場化が相当進んでいます。派手なスポーツビジネスなど大きな収入があるけれど、支出も大きく、授業料は1人あたり数百万、さらに寮費も高額です。

 コロナでそうした収入源がストップして、本来の教育研究のベースの部分の資金が止まるという危機にさらされています。市場化されすぎた大学が、社会の基盤を支える役割を担うセクターとして良い経済モデルだったのかという反省も出てきています。

 ─ 大学運営の資金を社会からどう調達するかという問題ですね。

 五神 はい。この間、オックスフォードやケンブリッジを含めて債券を発行した大学が多いですが、東大の債券発行は彼らとは主旨が違います。未来に向けた変化を促すために債券を発行したのであって、今、お金がなくて困っていてその資金を調達するのではありません。

 東大は今、大きな収益を上げているわけではないにもかかわらず、200億円の債券が一瞬で売り切れました。これは、東大の先輩たちが長年かけて築いた信用が、知識集約型社会に向かう中で、経済的な意味でも大きな価値があると期待され、認められたということだと認識しています。

 その価値によって調達した200億円を今のわたしたちの生活のために使ってしまうのではなく、未来のために使うことを宣言しました。東大で活動する人たちだけでなく、社会に広く還元するために、東大は能動的に活動する、そのための資金ということです。

 この資金を40年後にしっかり返すことも重要です。市場原理経済のひずみがクローズアップされる中、それを修正するための力を大学セクターが自ら市場に入ることでつくっていくという意図もあるのです。

 市場関係者だけでなく、一般の企業にもたくさん債券を買っていただけたのは、この活動に共感してくださったからだと思います。

 お金がないのでお金を集めますということではなく、市場自身の体質改善、強化につながるようなことをポジティブにやっていく。集めたお金で、若手人材の育成、あるいは日本のステータスを支えるような新しい知恵を世界に向けて発信していく活動は日本経済全体にプラスになるはずです。

 ─ 産業人との対話を続けてきましたが、産学連携の重要性をどう感じていますか?

 五神 なぜ組織対組織の連携が必要かと思ったかというと、小宮山宏先生(前東京大学総長)の時代に産学連携が進み、件数で言えば年間2千件近くに及びます。ただ個々の契約規模を見ると1件数百万円以下というものが多い。

 中身を見ると、研究室単位で「○○の課題を解決する」といったケースが多く、試薬などの実験経費や様々な作業をお願いする学生の人件費などコストを積み上げて、契約金額が決まっています。

 東大と行う共同研究ではディスカッションや様々な創意工夫があり、企業にはその部分も含めたリターンが行くわけです。しかし、そうした知的な価値の部分が計上されていないのです。つまり、東大の生み出す一番大事な知の価値がゼロ査定だったということです。それでは、知識集約型社会を支える経済を大学がつくっていくことはできないでしょう。

 ところが、東大側も契約を結ぶための専門の部署もなく、契約書をしっかり書ける法律家も雇っていなかった。企業の方も現場レベルでは大きな金額の決裁権限がない。知の価値を評価して、大きな判断をしてくれる人と組むには、東大側の体制を整備するとともに、組織と組織で連携するしかない。トップ同士の対話が必要だと考えました。

 例えば、ダイキンは井上礼之会長が「空気の価値化」というテーマで東大との連携に10年で100億円以上かける価値があると判断してくださいました。これだけ大きな投資になると、会長の命を受けて部下の人たちも必死にならざるを得ません。そして大学側も真剣になります。結果的に今、千人規模での交流が生まれています。さすがに千人規模で人が動くと、両方の組織に地殻変動も起きています。

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事