2023-04-21

【政界】ウクライナ訪問で覚悟を示した岸田首相 真価問われる「したたか外交」

もう 誰も止められなくなってしまった……

国会で2023年度予算が成立し、今年の先進7カ国(G7)議長を務める首相・岸田文雄の「外交シーズン」が始まった。5月19~21日に広島市で開く首脳会議(G7サミット)をはじめ、閣僚会合が相次ぐ。日米欧を中心とする自由主義陣営と、中国やロシアなどの権威主義陣営の対立が長引く中で、どう存在感を高めるか。「したたか」な一面をのぞかせる岸田の真価が問われるだけに、いよいよリーダーシップを発揮すべきときとなる。

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しゃもじに込めた思い

「ロシアによるウクライナ侵略に果敢に立ち向かっているゼレンスキー大統領およびウクライナ国民への激励と、平和を祈念する思いを伝達するためのものだ」

 岸田は3月27日の参院本会議で、電撃訪問したウクライナで会談した大統領のゼレンスキーへの贈り物について、そう語った。

 贈ったのは地元・広島の名産のしゃもじだった。約50㌢の大きさで「必勝」と書かれ、「岸田文雄」の署名も入っていた。官房長官の松野博一が記者会見で、折り鶴をモチーフにしたランプと共に贈ったことを明らかにしていた。

「必勝しゃもじ」は高校野球やサッカーなどで広島のチームを応援するときに用いられる。受験や選挙などでも使われ、「必勝」のほかにも、「商売繁盛」「家内安全」などと書かれることがある縁起物だという。

 そのためか、野党から批判が噴出した。

 立憲民主党参院議員の石垣のりこは予算委員会で「選挙とかスポーツではない。日本がやるべきは、いかに和平を行うかだ。『必勝』というのはあまりにも不適切だ」と岸田に詰め寄った。

「戦争中の緊迫した国家の元首に受験やスポーツの応援で使われる『必勝しゃもじ』を贈るのは違和感が拭えない」(立憲民主党代表の泉健太)、「ウクライナは生きるか死ぬかの戦いをやっている。しゃもじは、ちょっとお気楽すぎる」(日本維新の会代表・馬場伸幸)といった声もあがった。

 ただ、「必勝しゃもじ」には由来がある。「飯(めし)取る」という語呂から「敵を召し捕る」という意味が込められ、「勝つための縁起物」として知られるようになった。日露戦争のときには、兵士が出征する際、戦勝祈願や無事な帰還を祈願して神社に奉納したとされる。

 岸田は石垣の質問に対し「地元の名産について、その意味を申し上げることは控える」とし、「ウクライナの方々は祖国や自由を守るために戦っている。こうした努力に対し、我々は敬意を表したいし、ウクライナ支援をしっかり行っていきたい」と述べた。

 しゃもじが国会で議論されるという珍しい事態となったが、岸田はしゃもじの由来について言及を避けながら、そこに意図を込めたかどうかについて否定しなかった。


自由主義VS権威主義

 岸田が訪問先のインドから直接、ウクライナを電撃的に訪問したのは日本時間の3月21日だった。首都・キーウで行われたゼレンスキーとの直接会談は21日午後10時50分から22日午前2時50分までの計約2時間40分間に及んだ。

 岸田は会談で、ウクライナへの「揺るぎない連帯」を表明し、エネルギー分野での人道支援など55億ドル(約6600億円)規模の追加支援を行う考えを伝えた。また、5月に広島市で主催するG7サミットにゼレンスキーを招待。ゼレンスキーはオンライン形式での参加を約束した。

 ちょうどその頃、キーウから750キロ以上離れたモスクワで、ロシアの大統領・プーチンと、中国国家主席の習近平が会談していた。20~21日の2日間にわたる会談となった。

 習はウクライナ情勢について「平和と対話を求めていく」として和平協議を促すと、プーチンは中国が2月に公表した停戦に向けた12項目の仲裁案を「評価」した。そして、両首脳は戦略的パートナー関係を強化するための共同声明に署名した。

 しかし、ウクライナ側の意向を盛り込んでいない中国の仲裁案は実効性があるとはいえず、米国などは「ロシアを利するだけだ」「時間稼ぎの和平交渉」などと批判を強めてきた。

 習はプーチンとの会談で、ロシアへの武器供与を表明しなかったものの、中ロ両国の協力関係を強化する共同声明に署名。連携しながら西側諸国が主導する国際秩序に対抗していく姿勢を明確に打ち出した。

 岸田のウクライナ訪問によって、「自由と民主主義を守る闘い」の地をG7の全首脳が訪問したこととなり、「自由主義陣営」対「権威主義陣営」という構図が鮮明になった。

 しかも、岸田の訪問が偶然の産物とはいえ、中ロ首脳会談と重なったことや日本国内では評判の悪い「必勝しゃもじ」を贈ったことは、「G7広島サミットまでにウクライナを訪問し、大統領と直接話をし、日本の揺るぎない連帯を伝えしたいと強く願っていた」という岸田の強い覚悟を示すメッセージとなって世界に広まった。

 岸田が態度を鮮明にし、揺るぎない姿勢を示したのは、ロシアのウクライナ侵略が「遠い国の出来事」ではないことが背景にある。今後、ロシアがウクライナに勝利したり、中国と連携することで和平交渉が有利に進んだりしたら、中国の覇権主義的な動きが東アジア地域で強まることが容易に想像できるからだ。岸田はゼレンスキーとの会談後、こう強調した。

「プーチン大統領には国際社会の声に真摯に耳を傾け、侵略を一刻も早くやめるよう強く求める」

 これに対し、ロシア側は「日本の首相のウクライナ訪問は、ロシアと中国の首脳会談から注目をそらすのが目的だ」などと牽制した。必勝しゃもじに対しても「奇妙なプレゼントだ」と噛みついた。そこまで過敏に反応するのは、プーチン政権の苛立ちとも映る。


米中対立の中の日本

 岸田はゼレンスキーとの共同記者会見で日中関係についても言及した。「課題や懸案があるからこそ率直な対話を重ね、国際的課題に責任ある大国として行動し、諸課題に協力する建設的かつ安定的な日中関係の構築を双方の努力で加速していくことが重要だ。ウクライナ問題も、大国としての責任ある対応を求める」

 そして、日本政府は岸田がウクライナから帰国して約1週間後、外為法の省令を改正し、先端半導体製造装置の輸出管理を強化すると発表した。事実上の中国への輸出規制となる。

 4月4日には、世界で10億人以上が利用する中国系動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」について、「政府機関が要機密情報を取り扱う場合には利用することはできない」とする政府答弁書を閣議決定した。

 米国ではTikTok利用を禁止する法案を下院外交委員会が賛成多数で可決しており、日本も米国に歩調を合わせた格好といえる。また、半導体製造装置の輸出規制も米国が主導しており、製造装置で強みのある日本やオランダに連携を呼び掛けてきた。ここでも米国と足並みを揃えたといえる。

 そうした中で、外相の林芳正が4月1~2日に中国・北京を訪問し、初めて中国外相の秦剛と会談した。

 中国当局は3月、アステラス製薬社員の日本人男性を理由も明らかにしないまま拘束しており、林は秦は厳しく抗議し、早期解放を要求した。司法プロセスの透明性や、中国での日本企業の経済活動を保障するよう求めた。

 一方、秦は日本の半導体製造装置の輸出規制を強化に関し、米国主導であることを念頭に「悪人の手先になるべきではない」と批判した。

 しかも、林が中国滞在中にもかかわらず、海警船が沖縄県の尖閣諸島沖の日本領海に侵入し、80時間以上にわたって領海内にとどまった。2012年に尖閣諸島を国有化して以降で最長だった。

 日本と中国は「建設的かつ安定的な日中関係の構築」を目指すことで一致しているが、外相会談でも両国の立場の違いが埋まることはなかった。

 埋まるどころか、中国外務省は4月3日、半導体製造装置の輸出規制に対し「もし日本側が人為的に中日の正常な半導体産業の協力に制限を設置し、中国側の利益を著しく損なったら、中国側は座視せず、断固対応する」と対日報復措置をちらつかせている。


したたか外交の真価

 自由主義陣営と権威主義陣営の対立が激しくなるにつれ、いずれの陣営にも属さない多くの「グローバルサウス」(南半球を中心とする途上国)と呼ばれる国々を、それぞれの陣営に引き付けようとする動きも活発化している。習がロシアを舞台に和平を目指す仲介役をアピールしたのも、グローバルサウスへの影響力を強めようとしたからにほかならない。

 中ロ首脳会談と同じタイミングで行われた岸田のウクライナ訪問。リーダーは言葉で言うよりも行動することが明確なメッセージになるとされるだけに、自民党幹部は「中ロを牽制するタイミングを狙ってウクライナに行き、強いメッセージ性のある必勝しゃもじを贈ったとしたら、首相は相当したたかだ」と語った。

 岸田はゼレンスキーとの会談後、「G7議長国として、法の支配に基づく国際秩序を守るためのリーダーシップを発揮することについて決意を新たにした」と語った。

 ウクライナでは、西側諸国から戦車などが届き始めており、近く大規模な反攻作戦に踏み切るとされる。その時期がG7サミットと重なるようなことになれば、G7議長を務める岸田のリーダーシップが問われることになる。

 難しい舵取りが求められる場面が続くだけに、したたかな「岸田外交」の真価を発揮すべきときだ。(敬称略)

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