2021-02-18

コロナ対応の情報発信は? 危機管理の真価問われる菅政権

イラスト:山田紳

危機管理の要諦はトップの情報発信にある─。コロナ禍にあって菅義偉政権が苦悩している。100年に1回と言われる疫病の登場であるだけに、誰が首相でも対応は難しいテーマであるが、危機下であるからこそ大局観が求められる。今年1年はコロナ禍が続く見通しのため、予断を許さない。コロナ対策への道筋をどう作り直していくか。関係閣僚の発信がバラバラという現状をどう克服していくか。要は危機対応であり、危機時の情報発信である。

問われる資質

 新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大という危機の中、リーダーがどのような発信をするかは極めて重要だ。危機であればあるほど、その発信の中身で資質が問われることになる。

 菅はわずか3カ月前の昨年10月の所信表明演説で、「爆発的な感染を絶対に防ぐ」と言明した。その一方で、自らが旗振り役となった「Go To キャンペーン」の推進にこだわり、経済を優先し、結果として感染爆発を招いたと多くの国民が受け止めているのは間違いない。

 感染拡大を招き、緊急事態宣言下で始まった通常国会で、菅は「世界で猛威を振るい、我が国でも深刻な状況にある新型コロナウイルス感染症を一日も早く収束させます」と施政方針演説の中で訴え、「闘いの最前線に立ち、難局を乗り越えていく」「ワクチンは、2月下旬までに接種を開始できるよう準備いたします」と語ったが、その後も内閣支持率の下落傾向は変わっていない。

 菅に決定的にかけているのは、危機下のリーダーとしての資質だろう。その一つが菅官邸の政策立案能力の低さだ。新型コロナの感染拡大を見れば明らかで、感染拡大抑止と経済の両立という難しいかじ取りではあるが、ここで明らかに菅は失敗した。

「経済を優先するという菅の思い込みに異を唱えられるスタッフがいない。すべてが菅の一存で決まっていき、自分で決めたことだから菅も変更しにくい。だから政策変更が遅くなる。Go Toはもっと早く止めるべきだったが、それができなかったのは官邸の構造的な問題だ」と自民党議員は指摘する。

 第3次補正予算の中身も後手に回ったが故に、Go To キャンペーンの資金などが盛り込まれた一方で、感染拡大対策はほとんど入っていない。冬場に感染が一定数増えることは分かっていたはずだ。なのに、入っていない。危機管理の観点が欠けていたと言わざるを得ない。

 安倍晋三前政権は、副総理兼財務相の麻生太郎、官房長官の菅、政務秘書官の今井尚哉という決して仲が良いわけではない3人のトライアングルがけん制し合うことで、ある意味、機能してきたといえる。それが菅官邸にはなく、官房長官の加藤勝信や秘書官にしても、イエスマンばかりが配置されている。

 こうした配置にしたのは、まさに菅自身であり、組織ビルディングを菅ができなかったが故に、政策立案能力が低くなったといえる。菅は1月に政務秘書官を交代させたが、それで問題が解決するかは今後の行方を見るまでは何ともいえないだろう。

「コロナ対策における発信で関係閣僚に統一性がない」という批判が与党内にもある。関係閣僚がバラバラという現状を菅がどう捉え直し、国民に情報発信の仕組みをつくり直すかだ。

足りない言葉

 発信力の乏しさも深刻な弱点だ。参院本会議で行われた代表質問への菅の答弁がわずか10分で終わったことに野党が反発したが、これも至極当然のことだろう。質問時間と同等の時間を答弁に充てるのが通例だが、菅は30分の質問に、わずか10分で対応したのだ。

「NHKで全国中継される代表質問は、政府側にとっても発信のチャンスのはず。しかし、菅さんは自分の言葉で何も語れないんだよね。国民にどうやって呼び掛けたら良いのか、菅さんも官邸にも何もアイデアがないんじゃないか」と立憲民主党議員は推測する。

 原稿の読み間違いもひどいレベルだ。菅は1月13日の政府新型コロナウイルス感染症対策本部会合で、緊急事態宣言を再発出する対象地域は「福岡県」なのに「静岡県」と言い間違えた。

「単なる言い間違いに目くじらを立てるなよと言いたいけど、追加する7府県ぐらいは頭に入っていて当然のこと。間違えるのは、自らの頭の中でちゃんと事態を理解できていないのではないかという疑問につながる」と自民党議員は語る。

 別の自民党議員は「普通は言い間違えたら自分でも気がつくでしょ。言い直せばいいだけのことだが、それもなかった。どうしちゃったんだろうと誰もが思うよ」といぶかる。

 菅は同4日の年頭記者会見でも、衆院解散・総選挙の時期を質問された際に、「いずれにしろ秋のどこかで」と発言。直後に官邸が「秋までのどこかで」と訂正した。施政方針演説でも読み飛ばし、読み間違いが複数あった。

 危機の時であればあるほど、トップリーダーには国民との対話能力の高さと共感を得る力が必要だ。官僚の作文では国民との対話はできまい。自分の言葉で情報発信すべきだ。

危険水域の支持率

 菅政権への国民の不満は内閣支持率の低下に顕著に表れている。朝日新聞が1月23、24日に行った全国世論調査では、菅内閣の支持率は33%で昨年12月の39%から6㌽下がり、不支持率は35%から45%に上がり、支持を逆転した。一方で自民党支持率は45%から41%の微減にとどまった。

 内閣支持率と与党第1党の支持率は、両者を足した数字が永田町では「青木率」と呼ばれている。官房長官、自民党参院議員会長などを歴任し、参院のドンといわれた青木幹雄が言っていたとされるもので、これが「50」を下回ると政権は行き詰まるという一つの指標になっている。

 朝日調査では合計数が74でまだ危険水域とはいえない。毎日新聞の調査でも61でまだ余裕はあると言える。

 だが、内閣支持率が自民党の支持率を下回ると、内閣と党との力関係は変化する。朝日調査では既に内閣支持率が自民党支持率を7㌽下回った。他の調査でも日経新聞で並んだほか、民放では逆転した調査もある。自民党支持率が比較的堅調な一方で、内閣支持率が大きく下落したため、こうした逆転現象が起きたと言える。

「内閣支持率が下落する時には政党支持率も下がることが多いが、自民党の支持率は意外と持ちこたえている。安倍政権では『政高党低』という状態が続き安倍一強政権となったが、菅政権ではそういた構図は変わるだろう」。自民党議員はこう語り、権力構造が変化すると指摘する。

 菅は派閥に属さず、主要派閥の支援によって首相の座についた。派閥領袖が首相になるケースとは異なり、党内基盤は実は強いとは言えない。ここに党が強くなっていく可能性がある。

 同党政調会長の下村博文が1月5日のテレビ番組で、4月に予定される衆院北海道2区と参院長野選挙区の2補選で敗れた場合に言及し、「その後政局になる可能性もある」などと発言し波紋を広げた。

 下村はその後、発言を修正したものの、安倍一強時代には考えられないような発言だ。衆院議員の任期は10月21日まで。それまでに必ず菅は衆院選に打って出なければならないが、菅政権の求心力低下に歯止めがかからなければ、「菅下ろし」につながっていくことも十分に想定される。

 また、内閣支持率が通常国会開幕の段階で50%を超えていないと、政権維持が困難になるという歴史もある。「新型コロナの状況が好転し、ワクチン接種も進まない限り、菅内閣の支持率は下がり続けるだろう。首相が菅のままで衆院選になる可能性はどんどん小さくなっていく」と菅に近い自民党議員は危機感を語る。

ワクチン、五輪頼み?

 菅が成果を上げられそうなテーマといえば、日米関係だろうか。安倍は前米国大統領のトランプとの良好な関係を背景に外交で存在感を発揮し、ピンチを乗り切ってきた。

 大統領にバイデンが就いたことは、菅にとっては好材料とみられる。扱いにくいトランプと違い、バイデンは常識的とも言える。また、バイデン政権が誕生すれば、中国に融和的になるとみられてきたが、米民主党は伝統的に中国の人権状況については共和党よりも厳しい姿勢で臨む。バイデン政権のアジア太平洋戦略はトランプ時代と大きな変更はなく、米中関係はむしろ厳しくなるという見方が強い。

 ホワイトハウスのサキ報道官は1月25日の記者会見で、中国に関し「われわれの中国への対応は過去数か月と同じままだ」と述べた。また、「アメリカは中国とのしれつな競争のさなかにある。21世紀を定義づける戦略的な競争だ」とし、対中政策について「新たな方針が必要になっている。戦略的忍耐を持ち、政府内部で検証したい。今後の方針は議会と協議し、最も重要なことだが、同盟国とも話し合いたい」とする。

 日米外交筋は「日米関係がバイデン政権の誕生で大きく変わることはない。引き続き良好な関係を維持できる」と語るが、台湾問題で米中は激しく対立する可能性があり、日本も米軍基地のある沖縄をどう対中戦略に組み込むかという厳しい選択を迫られることもあり得る。

 日本の安全保障をどうつくるか。日本自身の、もっと言えば菅自身の安全保障戦略が厳しく問われることになる。

 政権の行方は、コロナの感染状況とワクチン接種の成否に左右されるだろう。菅が期待を寄せるワクチンは、米ファイザー製が承認手続きに入った。政府は2月下旬にも接種を開始し、6月までに十分なワクチン量を確保する計画だが、英アストラゼネカと米モデルナのワクチンの申請はこれからだ。

 コロナ感染が収まらずワクチン供給が滞れば、経済への影響が長引くのは必至で、それは菅への厳しい評価となって表れてくるだろう。

 こうした状況の中で東京五輪の中止が決まれば、菅はさらに大きな打撃を受ける。国際オリンピック委員会(IOC)は3月に総会を開くが、この前後に最終決定がなされるとの見方が出ている。五輪が中止、あるいは11年後の2032年への延期となれば、現政権にも大きな打撃となる。

 菅にとっては八方塞がりのように見える今の政局だが、永田町の一寸先は闇。菅政権発足直後にこの惨状を誰が予想しただろうか。菅が起死回生となるかどうかは、トップリーダーとしての振る舞いであり、それ以上に政治家としての覚悟であろう。 (敬称略)

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事