2021-02-04

大和総研チーフエコノミスト(内閣官房参与)熊谷亮丸氏「企業は有事を想定したレジリエンスのある強いサプライチェーンの構築を」①

熊谷亮丸・大和総研専務取締役チーフエコノミスト(内閣官房参与)

米バイデン新政権の政策をどう見るか?

 ── 米国ではバイデン新大統領が就任しましたが、このことが世界に与える影響は?

 熊谷 バイデン政権の特徴は、第1に、予見可能性、安定性がトランプ政権よりも高くなることです。トランプ前大統領のトップダウンに対し、バイデン大統領はボトムアップで、民間ビジネスマン、マスコミなど様々なレベルでコミュニケーションを活発化する必要があります。その意味で安倍晋三前首相とトランプ前大統領の関係さえ良好であればよかった時とは、かなり変わってくることになります。

 第2に、国際協調路線を採り、人権、環境などを重視して地球温暖化対策やデータ流通などで日本に国際的貢献を求める声も出てくるでしょうから、日本としてはプロアクティブな提案を国際社会、米国に対して行っていくことが重要です。

 第3に、米国内で軍事費の削減要求も出ますから、それに対して日本に対する負担増を求めてくる可能性が高く、これにどう対応するかを是々非々で考えなければなりません。

 ── トランプ政権は「自国第一主義」でしたが、バイデン政権の外交をどう見ますか。

 熊谷 相対的には欧州、中東への関心が高く、アジア・太平洋地域が若干軽視されるリスクがあります。これが第4の特徴です。ですから中東情勢の混乱、そこからホルムズ海峡が万が一封鎖されると原油価格が急騰するリスクがあります。今、世界の株、景気がもっているのはインフレがなく、金融緩和が積極的に行われているからですが、原油高はその前提を根本から崩します。

 第5に、米中関係に関しては中国への強硬姿勢は基本的に変わらないと思いますが、第2の「ニクソンショック」のように、米中が日本の頭越しに環境問題などで和解するといったことをリスクシナリオとして警戒する必要があります。

 第6に「バイアメリカン」のような形で日本に対して米国経済の下支え要求が強まってくるでしょうし、第7に民主党が大統領職に続いて議会の上下両院も制する「トリプルブルー」の状況になると、増税する一方で、それ以上に歳出が出てくる可能性がありますから、米国経済に上振れ期待が出て、株価が急騰しました。トリプルブルーは景気の押し上げ要因となります。

 ただ、議会でそこまで強い勢力を得ているわけではありませんから、状況を見て、バイデン政権は慎重に動くと思いますし、日本としては円高を防ぐ意味でも良好な関係を築くことが求められます。

 ── 米中対立の中、日本は中国にどう対するべきだと?

 熊谷 是々非々だと思います。日本は、民主主義、人権、自由貿易、ルールの遵守といった基本的な価値観は絶対に譲ってはいけませんが、ビジネス関係はできるだけ良好に保つ方が望ましいわけです。

 おそらくIT、サイバーの世界で米中対立が激化し、ブロック経済化が進む可能性があります。他方、例えば農産物の輸出、コロナが収まった後のインバウンド(訪日外国人観光客)といった非ITの幅広い分野で、中国と上手にビジネス関係を築き、協力していける状態を構築していく。

 日本は今、世界のキャスティングボートを握っています。米国に対しても一定のものが言えますし、米中関係の悪化で中国は日本に秋波を送っており、日本が決定権を持っている状況ですから。

ポストコロナで企業に求められること


 ── コロナ禍や実体経済の悪化がありながら株価が上昇している状況をどう考えますか。

 熊谷 これにはいくつかの要因があります。世界的な金余りの中、実物資産の投資先がなく金融資産に向かっているということ、コロナのワクチン・治療薬の開発に対する期待、菅政権の成長戦略への期待、そして「ピンチはチャンス」だということです。例えば、「フォーチュン500」の過半数は米国の不況期に誕生しており、現在の株式市場はポストコロナ時代の構造変化を先取りしているとも言えます。

 別の観点では、日本の全企業に占める上場企業の売上高は46%である一方、経常利益は66%を占めます。上場企業というミクロの一部の優良企業の業況を反映するのが株式市場で、ここが強いわけですが、中小企業が弱く、マクロでは国民の生活実感と同じで、景気は下振れリスクを抱えています。マクロとミクロの乖離があるのです。

 ワクチンへの期待が大きい分、今後、ワクチンの副反応への警戒感が強まると、株価が急落するリスクも出てきます。いずれにせよ、21年は感染症の状況、ワクチンの動向に景気、株価の動きが大きく左右されることになります。

 ── 今後、大局的に世界はどう動くと見ますか。

 熊谷 今後、世界は新自由主義、グローバル資本主義からSDGs(持続可能な開発目標)重視のステークホルダー資本主義へと移行することになります。

 また、パンデミックの逆進性がありますから格差が拡大し、社会の分断、不安定化が起きて、そこから反グローバリズム、ナショナリズム台頭のリスクが生じます。

 そして米中対立は資本主義と共産主義の体制間の争いですから、底流では10年、20年続く可能性があり、ブロック経済化、地政学的リスク増大につながることが懸念されます。

 ── この世界の中で企業に求められることは?

 熊谷 グローバルなサプライチェーンの再構築が必要です。これまでは平時の経済コストだけを見ていたわけですが、今後は有事を想定し、コストが上がってもレジリエンス(しなやかさ)のある強いサプライチェーンの構築が求められます。

 そして産業構造の変化が起き、リモート社会の中で伸びる産業、伸びない産業に二極分化していく。好調が予想されるのは非接触型のビジネス、安全や命に関わるビジネスです。中でもテクノロジー、水、衛生、食料、再生可能エネルギー、教育の関連は強いと見ています。

 一方、接触型やバランスシートの重い、運輸、外食、レジャー、エンタメ、エネルギーといった分野は苦戦が予想されますから、どう生き残りを図るかが問われることになります。

 あらゆる産業でサブスクリプション(継続課金)モデルが主戦場になります。この仕組みをビジネスに組み込めるかどうかが勝敗の分かれ目です。ある意味で企業が、消費者から主導権を取り戻すということです。企業の目利き力やセンス、提案力を付加価値の源泉にしていくことが求められます。

 ── 医療・介護はコロナ禍で存在感が高まりましたが、企業としてはどう取り組むべきだと考えますか。

 熊谷 ITと医療・介護を組み合わせると、データを使って様々な解析が可能になります。元々データは「21世紀の石油」と言われています。日本は医療・介護、そしてモビリティ、製造業で極めて良質なデータ、「宝の山」を持っています。これを前向きなトップラインを伸ばす形で活用していくことが大きなポイントになります。

 ── 脱炭素への取り組みではどういうことが求められると?

 熊谷 脱炭素を実現する上では、「デジタル庁」と同様に、例えば「炭素中立庁」(仮称)を設立し、予算と権限は、この司令塔に集約することが重要です。

 そして取り組みの「見える化」が必要です。上場企業のCO2削減の取り組みの開示を義務化する、個人に対してはESG(環境・社会・ガバナンス)投資に対する税制優遇や、家庭の省エネに対するエコポイントのような優遇措置を採るといった考え方です。東京湾など象徴的な場所のグリーン化を推進する「グリーン特区制度」、グリーンな地方自治体のランキングを設ける表彰制度なども必要になります。

 最も重要なのが炭素税や「カーボン・プライシング」の導入などを通じた市場メカニズムの導入です。これに対しては慎重意見も根強いわけですが、取り組まない限りグリーン化は進みません。

 そして政府からの補助金などは再生可能エネルギー、蓄電池、水素、アンモニアなどの分野に集中的に投資をして、グローバルな自然エネルギーの循環システムを構築することで、日本のエネルギー企業が世界の覇者となる可能性を秘めています。

 また、政府は既存企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)とメガベンチャーの勃興を徹底的にサポートする必要があります。(了)

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