2021-01-29

緊急事態宣言を巡り都知事とさや当て、逆風にさらされる菅の「敵は身内に」

イラスト:山田紳

新型コロナウイルスの感染拡大が加速する中で、首相の菅義偉は東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏4都県に加え、関西3府県や愛知、福岡などの緊急事態宣言に踏み切った。ただ、「遅きに失した」などの世論の逆風は強まっている。有効な次の一手がなかなか見当たらず、衆院解散・総選挙のタイミングも限られてきた。「内憂外患」を抱えながら綱渡りの政権運営が続きそうだ。

因縁の間柄

「いろいろなことを今、言われていますが、よく電話はしています」

 1都3県に緊急事態宣言が発令された1月8日夜、菅は民放番組に出演(収録)し、東京都知事の小池百合子との「不仲」説を否定した。新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中で、政府と都が連携して防止策に当たっていることをアピールしたが、次のように不満も漏らしていた。

「午後8時まで(の営業時間短縮)をお願いしたいと申し上げた。しかし、そのときに都知事は『ほかの方法で努力しますよ』と言っていた」

「東京は東京のやり方をやりたいと。例えば、イルミネーションを消すとか。まあ、いろいろなことをやられたのだと思いますけれども……」

 東京都は昨年11月28日から12月17日までの20日間、酒類を提供する都内の飲食店などに対し、営業時間を午後10時までにするよう要請した。

 その後、時短営業要請を今年1月11日まで延長することを決めたが、「午後10時まで」は維持している。

 菅周辺は「東京都は当初、時短営業の話を断った。しかも、延長する段階でも午後10時のままだ。自分で何もしないで、いざとなると政府の対応が遅いと責任を押し付ける。首相は相当、頭にきているようだ」と指摘する。

 北海道知事の鈴木直道は札幌市内の飲食店などに休業を要請し、その後、時短営業に緩和するなどした。大阪府知事の吉村洋文も大阪市内の飲食店に午後9時までの営業時間短縮を要請している。いずれも首相官邸と調整しながら、知事の権限で対応してきた。

 だが、小池都政は「東京のやり方」を主張しながら動きが伴っていないと映ったようで、菅は周囲に「東京都はやることをやっていない。都知事とは会わない」と怒りを露わにしていたとされる。

残るしこり

 これまでも菅と小池は新型コロナ対策を巡り、さや当てを繰り広げてきた。

 菅は安倍晋三内閣の官房長官を務めていた昨年7月、北海道千歳市で講演し、新型コロナが収束しない状況に関して「この問題は圧倒的に〝東京問題〟と言っても過言ではないほど東京中心の問題になっている。北海道は知事、市長の連携によって大部分を封じ込めている」と語った。都知事と23区長の連携不足を示唆し、小池に矛先を向けた。

 前回の緊急事態宣言が出されたときも、都内のPCR検査数や新規感染者数を十分に把握しきれていない状況や、病床や静養場所の確保を主導しないことなどへの不満を、たびたび口にしたという。

 これに対し、小池は「むしろ国の問題だ」と反論。菅が主導した観光需要喚起策「Go To キャンペーン」の前倒し実施についても「冷房と暖房の両方をかけるようだ」と皮肉った。

 そうした中で、菅は首相に就任した直後の昨年9月23日、小池と首相官邸で面会した。小池と近い自民党幹事長の二階俊博が2人を取り持って実現した「手打ち」だった。

 小池は「新型コロナ対策、東京五輪・パラリンピック開催と大きな課題を抱えている。国と連携して進めたい」と訴え、菅も「まったく同じ気持ちだ」と応えた。

 しかし、大きな課題が横たわっているにもかかわらず、面会はわずか15分で終了した。具体的な新型コロナ対策を調整した形跡もなかった。菅の今月8日夜の発言は、都と連携するどころか、今も2人の間のしこりが残ったままであることを浮き彫りにした。

対パフォーマンス

 ある与党幹部は「首相の発言は常に責任が伴う。特に菅は、リップサービスはしないし、パフォーマンスとも無縁」と菅の政治スタイルを説明する。今回の新型コロナ対応でも派手な言い回しはせず、慎重な物言いに徹している。

 もともと菅は表では見えないところで交渉を進め、事前に根回しをする〝寝技〟が得意とされる。また、政財官界だけでなく、様々な分野の有力人物らと直接会って話を聞き、政治的な判断の裏付けにしてきた。

 そうしたことから、1400万人近い人口を抱える首都・東京での感染拡大防止こそが新型コロナ対策だという思いを強めていったと見られている。

 一方、小池は「東京大改革」や「都民ファースト」といった有権者らに聞こえのいい言葉を多用するなど「ふわっとした民意」を捉えることに長けている。パフォーマンスを駆使し、注目されることを政治的な推進力にしているとされる。

 新型コロナ対策でも、自身のイメージカラーの緑色ボードに会食で注意するべき「5つの小」などのキャッチフレーズを記して感染防止を呼び掛けるなどしてきた。

 自民党のベテランは「都知事はコロナ対策が成功しても、失敗しても、自分が傷つくことはない立場にいる」と指摘する。新型コロナが収束すれば「私が主導したから結果が出た」とアピールできるし、うまくいかなくても「私が主張したのに政府が何もしなかった」と主張できるからだ。

 しかも、菅は、政府が5人以上の会食を自粛するよう国民に呼び掛けた直後に、都内の高級ステーキ店に二階ら8人で集まって会食した。その後も「はしご会食」を続けたことから、世論の風当たりが一気に強まった。そうしたタイミングを小池に突かれた格好となり、「首相は都知事にしてやられた」との声が出ている。

 菅にとって、世論の支持回復には新型コロナの早期収束に道筋をつけるしかない。

 菅は1都3県に緊急事態宣言を出すことを正式表明した今月7日の記者会見で、「1カ月後には必ず事態を改善させる。そのためにも首相として感染拡大を防止するために全力を尽くし、ありとあらゆる方策を講じていく」と述べ、宣言期間を2月7日までの1カ月とした。

 ただ、新型コロナとの戦いは長引くとの観測が支配的だ。昨年12月に英医療調査会社・エアフィニティーが発表した新型コロナが収束して日常に戻る時期についての予測では、日本は2022年4月だった。

 アメリカの21年4月、カナダの同年6月、英国の同年7月などに比べ、おくれをとっている。ワクチン接種の開始時期や確保状況が日本の社会活動、経済の正常化に大きく響いているとされる。

 菅は政権発足時から「国民のために働く内閣」を掲げ、「新型コロナ対策を最優先課題とし、日本経済全体の再生に向けても取り組む必要がある」と訴えてきた。「ふわっとした民意」を味方につけられるかも、これからの政権運営のカギを握る。

「一番の敵は身内にいる。後ろから鉄砲玉が飛んできたり、中から崩れたりするものだ」

 ある与党幹部は指摘する。

 衆院議員は10月21日に任期満了を迎えるため、それまでに必ず総選挙が行われる。選挙が近づくにつれ、衆院議員の関心事は誰をトップに選挙を戦えば有利になるか、何を有権者に訴えれば支持につながるかになっていく。いわゆるポピュリズム(大衆迎合)が加速することになる。

政府、与党に温度差

 実際、その傾向は新型コロナ対策でも表面化している。

 菅は今回の緊急事態宣言を発令する際、中国や韓国など11カ国・地域と合意しているビジネス関係者の往来(ビジネストラック)を継続させる方針を示したが、自民党内から批判の声が公然と上がったのだ。

 菅は「安全なところと(ビジネストラックを)行っている」として、入国時の検疫強化で対応する方針を一時固めたものの、自民党内からは即時中止を求める意見が相次いだ。

 党外交部会長の佐藤正久も8日の民放BS番組で、「国民に行動の自粛を求めておきながら海外からはビジネス関係者は入ってくる。1月から2月になると中華圏は春節が始まり、ビジネスと観光を兼ねて入ってくる可能性がある」と主張した。そうした声に押される形で、政府は最終的にビジネス目的の新規入国を停止することにした。

 また、売り上げが落ち込んだ中小企業に最大200万円を支援する持続化給付金と最大600万円の家賃支援給付金について、今回の緊急事態宣言による時短営業の要請が飲食店などに限られることから、政府は1月15日の申請期限を延長しない方針を打ち出した。

 それに対しても、与党内から期限延長を求める声が上がった。国民1人当たり一律10万円を払う給付金を再度実施するよう主張する議員もいる。

 そうした新型コロナ対策を巡る首相官邸と与党の温度差は、総選挙が近づくにつれ、さらに拡大する可能性がある。

 下村は今月5日の民放BS番組に出演し、4月に予定される衆院北海道2区と参院長野選挙区の補欠選挙に関し「2つの補選で自民党が負けることになれば、菅政権にとって大きなダメージになる」と指摘。

「菅政権、自民党への国民の支持が戻ってくることをどうするか考えるべきだ。自民党が両方負けたら、その後は政局になる可能性がある」との見方を示していた。

 新型コロナ感染に歯止めがかからず、補選で連敗したら、自身の選挙が近い衆院議員が浮足立つことは間違いない。

 しかも菅が「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として開催する」と決意を示してきた東京五輪・パラリンピックも中止になった場合、自民党内から「菅降ろし」が始まることは止められそうにない。 (敬称略)

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