2022-11-12

安易な道は許されないとき。リーダーは覚悟を【私の雑記帳】

リーダーは覚悟を



市場が一国の首相を退陣に追い込んだ─。10月20日、英国のトラス首相の突然の辞意表明は世界中を驚かせた。

 ジョンソン前首相の退任を受けて、保守党党首に選ばれ、首相に就任したのは9月6日。それから45日目の退陣表明。英国史上3人目の女性首相ともてはやされたばかりだけに、本人にとっても無念の退陣であろう。

 コロナ禍、ウクライナ危機が長期化する中で、米FRB(連邦準備制度理事会)の金融引き締め、金利引き上げ政策で、米ドルの独歩高、円安ショックが出るなど、為替市場も荒れ気味。

 トラス首相は、英国保守党の党首選で、大幅減税による景気刺激策を公約し、勝利をものにした。

 党内世論もそれを支持し、党首となり、首相に就任する道を切り開いた。しかし、市場は「財源なき大盤振る舞い」と受けとめ、ポンド安という形で「NO」を示した。

 今、世界は景気後退という局面。コロナ禍、ウクライナ危機も重なって、不況に突入かという観測も根強い。食糧、エネルギー価格は上昇し、生活苦を訴える層も増加。

 それに答える形の大幅減税策。一見、国民の受けはよくなると政治家は思いがちだが、国家財政がおかしくなると市場は判断した。

 財源のない所での国債増発に「NO」を示した市場の教訓を、日本はどう捉えるか。安易な道は許されないとき。リーダーに覚悟が求められる。

日本の国力低下に




 ドルの独歩高と言っても、日本の円は対ドルだけでなく、欧州通貨のユーロやブラジルレアルに対しても安くなっている。

 10月下旬で1ドル150円という相場は32年前の水準。32年前といえば1992年頃。

〝失われた30年〟と言われるのも、結局は1990年代初めのバブル経済崩壊から、日本の国力低下が始まったということ。

 国内市場が人口減、少子化・高齢化で縮むのならば、海外市場で勝負していこうと、企業はグローバル化を進めていった。しかし、そのグローバル経済も荒れ気味。ウクライナ危機もあり、経済安全保障への備え、米中対立の中で企業経営のカジをどう取っていくのかという課題である。

 世界の中で、日本の生きる道とは何か。その立ち位置の確認と共に、国力の掘り起こしが求められていると思う。


大和証券グループの挑戦



 今年5月、創業120周年を迎えた大和証券グループ本社社長の中田誠司さん(1960年=昭和35年7月生まれ)は資産管理型ビジネスに注力。顧客の金融資産を増やし、自分たちも混沌の時代をしっかり生き抜こうという事業構造の変革である。

『貯蓄から投資へ』が言われて久しい。個人金融資産は約2000兆円。うち約1100兆円は現預金という構成(構成比率は54・3%)。せっかく個人の金融資産が豊かになってきているのに、金利の付かない預貯金のまま眠っているのはなぜか?

 資産形成にアクティブとされる米国の場合、金融資産の中で現預金の占める比率は13・7%。投資信託と株式で運用しているのは計52%強にのぼる。

 これに対して、日本は投資信託(比率は4.5%)、株式(10.2%)と両方合わせて15%弱という低い数字。米国との差をどう見るか?

何事も一朝一夕には…



「米国もいきなり今の個人金融資産になったわけではないんです。米国のほうが、いわゆるリスク選好がある国民性なのかと言ったら、決してそうではなくて、米国も1974年に個人の税制優遇制度の退職金口座ができ、1981年にいわゆる確定拠出型年金ができた。そこから40年、45年かけて、今の状態をつくって来ています」

 要は、社会インフラの整備だ。

「貯蓄から投資へというのは、一朝一夕にできるものではなくて、国民みんなが使える、長く使える税制優遇制度をしっかりつくった上で、20年、30年かけてやるものだと思っています」

 NISA(小額投資優遇制度)が出来たのは2014年、〝ジュニアNISA〟も2016年にスタートしたばかり。資産形成力の真価が問われるのはこれからという認識を示しながら中田さんは、顧客と投資一任契約を結んで投資信託を売買・運用する『ファンドラップ』などの商品開発に注力。中長期視点で、着実に事業構造改革を進めて行く考えである。


変化対応とデータ活用



 変革の時代にあって、データをどう活用していくか─。全国83か所の拠点に約1700人もの調査スタッフを抱え、日頃、経営トップ層に面談している帝国データバンク。同社の情報統括部長、上西伴浩さんによると、混沌状況を生き抜いているのは、「データ活用の上手なところです」と言う。

 原材料高騰、人手不足の状況下、コストアップ分を価格転嫁できないのも日本の産業界の課題。

 そこを逞しく、しなやかに生き抜く企業はどんなところか? という問いに、「変化対応できているところですね」と上西さん。

 こうした企業は情報共有もできていて、トップダウンとボトムアップの連携もうまい。データを扱うのは、あくまでも「人」だ。

南九州とウクライナ



 ロシアの侵攻が始まるまでのウクライナといえば、旧ソ連邦の一員で黒海に面した農業国ぐらいの認識しかなかったが、多様な文化、歴史と民俗を誇る国ということを思い知らされた。

 大相撲の名横綱、大鵬関の父君がウクライナ出身だったし、日本とのつながりもいろいろとある。

 筆者の母校、鹿児島県立志布志高校の後輩、五代裕己(ごだい・ひろき)君もウクライナの魅力に引きつけられ、同国で剣道を教えるかたわら、チェルノブイリ原発事故の調査研究に貢献した人物。

 大学でロシア語を専修して修得。「普通の生活は嫌だ」と、25歳でウクライナに渡り、以後、20年近く首都キーウで暮らし続けた。

「日本とウクライナの架け橋になる」という思い。現地の人との交流を深め、同国で剣道連盟を創設。

 ところが、コロナ禍が始まった2020年7月、五代君は急死。死因は心不全。享年44。余りにも早い死だった。

 教え子は数多く、彼の武道精神に触れた人の中には、日本に避難してきた人もいる。親交のあった同国の大学関係者は、「彼はウクライナ人の心を持った日本人」と五代君を評価。

 筆者は直接の面識はなかったが、やはり後輩の又木清嗣君(プルデンシャル・ジブラルタエージェンシーのライフプランアドバイザー)は次のように語る。

「郷里の志布志市では、わたしの家と近くでした。温厚で思いやりのある人物でした」

 南九州の地とウクライナの縁。つくづく人の縁の妙、深さを感じさせられる。

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