2022-08-31

IHIが進める「経済安全保障」戦略、サプライヤーとの関係がカギ

IHI本社

世界各国との経済取引は原則自由だが、こと「経済安全保障」に関しては国のガイドラインに沿って徹底していく─。ロシアのウクライナ侵攻、米中対立激化による台湾有事の懸念など、急激に地政学リスクが高まる。多くの企業が経済安全保障の専門部署を設ける中、早い段階で部門を立ち上げたのが重工大手のIHI。防衛や原子力など、国の根幹にかかわる事業も手掛けるだけに、試行錯誤をしながら戦略を進めている。民間経済に国が関与する時代である。

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2022年5月には経済安全保障推進法が成立


 長期化するロシアのウクライナ侵攻、そして台湾を巡り、急激に緊張感が高まった米国と中国の対立─。

 近年、日本を取り巻く環境は大きく変わり、とりわけ「安全保障」のあり方が問われている。その中で、経済面で国の安定を及ぼしかねない脅威に備える「経済安全保障」も重要課題。

 例えば、サイバー攻撃によって日本にとって重要な技術が他国に流出する事態も懸念されるほか、ウクライナ問題で顕在化した物流網の途絶リスクなど、企業が備えるべき課題は多い。

 2022年5月には「経済安全保障推進法」が成立、8月1日から一部が施行されている。また、内閣府に「経済安全保障推進室」も立ち上がった。

 重要な技術、製品を持つ企業の動きはどうか。

「経済安全保障に対して、グループ全体で包括的、迅速に対応する必要がある。一元的に情報収集、対応の検討のために、全社横断の組織を設置した」と話すのは、IHI経済安全保障統括部長の荒木久美子氏。

 IHIでは21年10月に経済安全保障統括部を立ち上げた。専任の部員の他、関係部署の兼務者で構成される。荒木氏自身は直近まで法務部で「安全保障輸出管理」(軍事転用可能な民生用の製品や技術の管理)に携わっていた。

「米国の『規制制裁リスト』の範囲が広くなるのを目の当たりにし、経済安全保障の課題や、これまでの安全保障輸出管理だけでは対応できないと感じていた」(荒木氏)

 同時期、同じような声が各部署から上がっていた。例えば法務部での安全保障輸出管理は各国の法令に基づいて対応するが、今の世界の地政学は「法令を守るだけでは対応できない」(同)状況。これは部門設立に至るカギになった。

 IHIは防衛や原子力など、国の根幹に関わる事業を手掛けているが、これらの分野は元々、取引先が限定されている他、性質上、技術情報を取り扱う上で関係者の意識が高い。これまでは主にこれらの部門の情報を押さえていればよかったが、今後はそれ以外の部門を精査する必要が出てきた。

 部門設立以前は、IHIが大事にしなければならない技術や製品も部門ごとの「タテ」で見ていたが、部門設立以降は「ヨコ」、つまり会社全体で把握していく方向に変えた。また、「規制制裁リスト」の更新ペースも激しくなっているため、それをタイムリーに把握するための情報収集も進めている。

 また、IHIは約6万社のサプライヤーと取引している。現実的に全ての調達先を把握するのは困難だが、「求められれば対応する必要がある」と荒木氏。

 例えば米国では22年6月に中国の新疆ウイグル自治区で強制労働によって生産された製品の輸入を全面的に禁止する「ウイグル強制労働防止法」が施行されており、これまで以上にサプライヤーの調達先にまで目を配る必要が出ている。

 部門立ち上げから程なく発生したのが、ロシアによるウクライナ侵攻。「世界で様々な人が勃発の危険性を警告していたが、事が起きるまでは、我々も含め、ほとんどの企業が準備できていなかったのではないか。改めてリスクは広く検討すべきだと実感した」

 荒木氏は以前、法務部で仕事をする中で、経済安全保障上、「ヒヤリ」とした場面があったという。「海外のグループ会社が、その取引を進めると他の事業部の仕事に悪影響が出ることがわかり、取引を中止したことがあった。法令に違反してはいなかったが、これが経済安全保障なのかと実感した」(荒木氏)

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